僕の中に潜む君の正体を
海獣レイ
第1話 すべての始まり
あまりの衝撃に僕は蹲った。
周りの人の喧騒が打撃を受けた頭の中に響く。顔を横に向けると体のすぐそばに大型トラックがあった。車内では運転手が血の気の引いた顔でこちらを見ている。その顔は自分の引き起こした事態を受け入れられないという顔だった。その顔があまりに面白くて僕は思わず口角を上げた。口の中に鉄の味が広がる。
呼吸をしようにも肺が正常に機能しているかわからない。陸に打ち上げられた魚のように僕は口を動かす。
「大丈夫ですか!」
「誰か救急車早く呼んで!」
四方八方から僕の身を案ずる声がする。もっと早く。もう少し早くその優しさを向けてほしかった。
視界が赤く染まりつつある中僕は声を出した。
「あの運転手に伝えてください。あなたは悪くないって。僕が飛び出しただけだから」
僕の近くにいた男性が優しい目を向ける。その目に懐かしさを感じる。男性が僕の手を握った。彼の手から温もりを感じる。
「いや。君は悪くないよ。君はちゃんと横断歩道を渡ろうとした。それをながら運転しながら左折して突っ込んできたあの運転手が悪いんだ。私は全部見ていたからね。だから私は君に同情してる。ちゃんとルールを守ったあなたが今死のうとしてるんだもの」
僕は声のしたほうに声を向けた。周りの人間もそちらに顔を向ける。視界の端に人の影がある。そこには髪をポニーテールに結んだ女が立っていた。背の高いヒールを履いており、スタイルが異様にいい。女が僕に近づき苦しむ僕に耳打ちする。
「でも一つだけ気に入らないことがある。君はどうしてあの運転手を守ろうとしてるの?君が善良な人間だから?」
呟くように女が言う。僕はそれに答えようと必死に声を出そうとするが声が出ない。吐しゃ物を吐き出すかのように口から血が溢れでた。それどころか頭が重く、眠気を感じた。死ぬ恐怖よりもなぜか心地良いという感触が体の中に広がる。
「ああ。残念。もうすぐ死ぬみたい。君みたいな善良な人が死ぬのは悲しいことね」
「別に庇ったわけじゃない。ただあいつが僕の死んだ後にそんなに優しい人を死なせてしまったのかっていう罪悪感を持って苦しみながら生きればいいと思っただけだ」
女は顔を挙げ、高らかに笑った。その姿はこの現場ではあまりに異様に映った。その笑った顔は過去に僕を苦しめたやつらに似ている。
「おもしろい。気に入った。死ぬのはもったいないわね。あなたの人生は今ここから始まるわ」
僕はもう女の声に耳を傾ける余裕がなかった。遠のく意識の中で僕は女の顔を見る。女の整った顔に狂気を感じた。胎児のように体を曲げていたがこれ以上動かすことができない。これまでの記憶がぐるぐると頭の中に流れる。
これが走馬灯か
薄れていく視界の中僕が最後に見たのはその女の笑みだった。
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