#9-0.5 彼の理由


理由


 僕には、妹がいた。

 五つばかり歳の離れた、可愛いばかりの妹がいた。僕たちの家族は父と母と僕と妹の四人。その中で僕が生まれて初めて『家族愛』なんて物を抱けたのが妹だった。妹だけだった。目に入れても痛くなくて、旅になんて出すのを心から惜しむほど可愛がる。


 詰まるところ僕は全国全世界の兄が一度は陥る、俗に言うシスターコンプレックスに罹患していた。

 僕の物心がつく頃には、妹の物心がつく前にはそれは始まっており、幼い妹の無邪気な要求に、嫌々ながらという体で可能な限り答えていた。


 お菓子も、おもちゃも、お小遣いも。

 奉仕を。無私を。献身を。

 

 自分というものは、自他共に認める筋金入りのシスコンであった。


 あぁ、そうであった筈だった。

 そうであると確信していた。


 僕には妹がいた。

 妹は小学校を卒業できなかった。

 そこに取り残され、過去となった。



 交通事故だったそうだ。エンバーミングが施された死体の前で死因を聞く。登校中、朝の朝に起きたトラック運転手の居眠り事故。その運送会社の業務形態はきっと碌なものでは無いだろうと中坊ながらに予想がついた。


 幸か不幸か即死。『せめても苦しまずに済んだ』とか何だか言った奴がいた。面白い事を言う奴だ。苦しみのない死は、まともな死に方とでも宣うなんて本当に面白い奴だ。死ぬ事は変わらない。いなくなる事は変わらない。

 煩わしい事は変わらない。


 僕は酷く乾いていた。ドライに喪失を受け止めていた。とても冷静なんかではなく、苛立ちを必死に押し込める。


 代わりが必要だった。

 何の?

 わからない。

 妹の?

 違う。


 妹なんか、どうでもいい。

 対象がいない。

 発散が出来ない。


 あぁそうだ。

 俺には代わりを探す手間が生まれてしまった。

 妹の代替。

 俺の欲を満たす、奉仕の対象を。


 十五歳の、黒い衣装で過ごした夜。

 僕は、自分という者を少しだけ知った。

 醜悪さが鼻をつく、身勝手な欲を知った。

 これが大人になる一歩なのか、落伍のきっかけなのかは分からない。

 分からない。


 愛した家族の死に、悲しみはない。

 あるのはただの惜しむ心。残る念。


 だって僕は知っていたから。

 "与える"ことは気持ちがいい。

 "奉ずる"ことは見栄えがいい。

 "愛する"ことは都合がいい。


 妹は、一番身近で正当性のもてる奉仕の対象。

 それだけの事だったらしい。


 シスコンなどではなかった。そんな、尊いものではなかった。

 僕が感じた『家族愛』とは詰まるところ、ただの自己愛だったのだ。


 僕は代わりを探した。何も無二の存在ではないのだから当たり前だろう。残った家族で欲を満たしながら、渇きを凌いで探していた。


 だが、僕の献身は気味の悪いものなのらしかった。


 行き過ぎた善意は、正体不明に思えるのだそうだ。友達も彼女も俺の欲を知れば気味悪がって距離を離す。多分、両親も少なからず同じように思っているだろう。僕には自分というものがてんで理解出来なかった。それを理解する術すらなかった。

 師がいない。先生がいない。先輩がいない。先達がいない。同じ悩みを抱えた仲間にすら出会えない。

 自分の形が分からない。真似する余地すら残されていない。

 失敗を繰り返した高校時代は、ひたすらに苦痛でだった。


 そうして僕は、何とかほうほうの体で大学に進学した。

 多くの大学生と同じように一人暮らしを始めたのだが、これが良かった。自分の行動に責任を持たなければならない一人暮らしは、その報酬に一人の時間が圧倒的に増える。時には孤独が薬となることを知り、その生活で心に活力を取り戻していった。


 しかし、心が育てば欲が芽吹く。

 沸々と、薬缶に詰められた水のように僕を悩ませ続ける欲は煮詰まっていく。これを説明するのなら一番近いものは性欲だろうか。直接的な生存には必要のない欲。それとよく似ている。そっちの性癖の人の様に、奉仕をすることで性欲が満たされる訳ではないのが、相違点だろうか。


 だからまぁ、ままならないものだと僕はいつもみたく思った。


 一人でいる事に安らぎを覚える一方、僕の歪んだ奉仕欲は発散されず濁っていく。かといって、他人と関われば、他人に歪みが知られてしまえば、変人と罵られ弾きものにされてしまう。


 今日もこそこそと隠れて生きている。


 生きながらに死んでいる。


 代わりが欲しかった。妹の代わりが。

 妹のように女性が好ましい。男性は同じ男性から優しくされることを不思議なことに気恥ずかしい事だと思うのらしい。中にはそれだけで気味が悪いと、変態だと叫ぶ人もいる。


 だから、女性が都合がいいのだ。男性が女性に好意的に接する事は当たり前だから。下心や行為が混じっていると断じられる方が、一般的な行動として誤魔化すことが出来る。


 僕は取り繕いたい。僕は汚いからみんなと同じ服が着たい。擬態がしたい。隣に誰かがいて欲しい。


 そこまでして、僕は誰かキレイにしたいのだ。


 その人のお世話をして、綺麗な服を着せてあげて、髪を解いてあげて、飾り立てて、甘やかして、自分の色に、自分の物にしたかった。


 それをその人に幸せだと感じて欲しい。


 それだけの、小さくて汚い夢が叶わない。


 そんな、何度も考えたことを繰り返す、誰かに食事を作ることも久しいと気づいた二十の夜だった。


 そうして、


 そうして、数ヶ月後。僕は一人の女性と出逢った。


 そうして、そのまた数ヶ月後。僕は一枚の絵と目を合わせた。


 そこで知るのだ。


 与えることは、埋め尽くすこと。


 愛されるとは、鎖なのだと。




 あぁ、天使は。


 白い翼を持っている。


 醜い醜い、翼を持っている。


















————————————————————————


あとがきです。

 お前のような物書きの卵の成り損ないが何を偉そうに語ることがあるのか、と怒鳴られれば私は泣くことしかできないのですが寛大な御心でぴーちくぱーちく喚くことをお許しください。

 このお話は#9の冒頭に入れるべきか悩み泣く泣くカットした部分なのですが、外伝のような形で入れれば良いじゃん、と引っ張り出してきた物です。

 与えることってなんなんだろうなぁと思いながら書いていた男に、書きたくなったダウナー天才芸術家を乗っけた形となります。

 #9及び#9-0.5は、サブタイトルを付けるならば「天使は、自分の翼を醜いと思うのだろうか」といったところです。

 あとがきっぽいことを言いますが、救うという行為には意図せぬ不純物が常に混ざってしまうものだと私は思います。

 救う。与える。導く。どんな善行も純粋に行うことは出来ない。短い人生で僕はそう感じています。

 でも、そんなことみんな何処かで分かっていて自分の行動を偽善だと悪く思ってしまっている。

 善ってもの悲しい物だなぁと思いました。小学生の感想みたいですね。

 短編は暫く書かないかもしれません。練習がてら長編をいっぺん書いてみようかなと思っているので。一旦完結で。

 しかし執筆の休憩に執筆してしまう悪癖があるのでコロリと短めの短編が出てくるかもしれません。自分の事とかいっちょん分かりません。

 それでは文章がぐたり始めてきたのでこの辺りで。

 私の拙い拙い文をここまで見てくれた方が居るのかは分かりませんが、そんな貴方に最上級の感謝を。

 v

あとがきおわり。

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【短片集】至らぬ恋の切れ端 都月とか @seasonal

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