ユリスタリア物語

mano

01

「ウィル・リンズ様


 あなたはライナル魔法魔術学校への入学が許可されました。」


 この手紙を受け取った翌日、ウィルは孤児院の正門前に立っていた。手紙には、入学準備を終えたら手紙を高く掲げること、と記載があったこと以外、必要な持ち物のリスト等もない。正直なところ、ウィルは半信半疑だった。自分が魔法使いだなんて、想像すらしていなかった。


 創世の神によってつくり出された大陸、ユリスタリア。魔素と呼ばれるエネルギーの源が存在するこの大陸では、魔法は人間にとっても身近なものである……というのは、昔の話だ。かつては大陸全土で確認されていた魔法使いや魔女も、時代の移り変わりと共に数を減らし、今では限られた地域でのみ生活していると、倉庫の中で不思議と埃をかぶっていなかった、1冊の本に書いてあった。


 その本によれば、ユリスタリアでライナルという名がつく場所は、ウィルに手紙を送ってきたこの学校のみ。孤児院長の了承を得たウィルは、わずかな荷物をトランクに詰め、今日まで「家」であった孤児院に別れを告げた。


 不安はあるが、新たな場所へ旅立つきっかけを得たという、ほんの少しの期待。ライナルに行けば、何かが起こる気がしたのだ。孤児院の生活しか知らない11歳のウィルが、決断をするには十分すぎる理由だった。


 あれこれと考えているうちに、少し時間が経ってしまった。ライナルからの指示通りに、手紙を頭上に掲げてみる。これが合図になっていて、迎えの者が来るのだろうか。周囲を確認してみるが、それらしき人物は居ない。少しだけ、悪い想像をしてしまう。これは都合の良い夢なのか、それとも悪戯か……。自分は孤児院以外で過ごした記憶がない。同い年の子どもたちより、無知だという自覚はあった。外の世界は怖いものがたくさんあると、院長から何度も聞かされていたことを思い出す。やはり孤児院に戻った方が良いか……ウィルが掲げていた手紙を下ろそうとした時だった。


「ウィル・リンズ?」


 声が聞こえた方に顔を向けると、先ほどウィルが周囲を見回したときには居なかった人物が立っていた。少年……いや、青年だろうか。少し低めの声は、不思議と生気を感じない。目の前の存在を観察していたウィルに、再び声がかけられる。


「ウィル・リンズだな。私はその手紙の送り主によって遣わされたものだ。……もう荷物はまとめてあるな。行くぞ」


 早足で移動する青年の後を、ウィルはトランクを手にして追う。孤児院の窓から眺めていた景色が、次々と通り過ぎていく。もう少しゆっくり眺めたかったが、目の前を歩く彼はそれを許してはくれなさそうだ。


 見たことがある建物も無くなった頃、青年は立ち止まった。


「ここだ」


 ここ、とはおそらくライナルの入り口を指しているのだろう。しかしウィルの目の前にあるのは、古びた小さな家。とても魔法学校とは思えなかった。


「あの……本当にここなんですか?」


「……ここがライナルではない。数ある入り口のひとつだ。外側から生徒を招く際に使われる」


 ウィルの質問に答えると、青年は扉の前に立ち、ポケットから金色の鍵を取り出した。ガチャリ、と不自然に大きな開錠音が響く。青年の手によってゆっくりと開かれた扉の先を見たウィルは、思わず息を呑んだ。


 そこには、異世界が広がっていた。小さな家の内側とは思えないほど高い天井に、豪華な内装。ウィルは慌てて数歩下がり、目の前にある小さな家を見上げた。


 信じられないことが起きている。これまで経験した全てを用いても、説明できない出来事が。無意識のうちに握りしめていた掌。爪が食い込む痛みが、夢ではないと教えてくれている。


 今、自分は魔法の世界の入り口に立っている。縁がないと思っていたものが、すぐ近くにある。ほんの少し体を震わせたウィルに、案内人の青年は声をかける。


「これより先は、選ばれた者のみが立ち入ることを許される場所。我々は君を歓迎する」


 相変わらず、生気が感じられない声。扉の向こう側にすっかり惹きつけられていたウィルは、そういえば未だお礼を言っていなかったことを思い出し、口を開いた。


「ここまで連れてきてくださってありがとうございます。あの、あなたのお名前は……」


 青年が立っていたところに顔を向けると、そこには誰もいなかった。慌てて周囲を確認するが、青年の姿はない。ついさっきまでそこに居たのに、まるで役目を終えたかのように、音もなく消えていたのだ。


 1人残されてしまったウィルは、再び扉の前に立った。ゆっくりと深呼吸をして、所持品を詰めたトランクの持ち手を、しっかりと握り直す。まだ不安はあるが、じっとしていては何も始まらない。まるで旅立ちを祝福するかのように吹き始めた追い風を受けながら、ウィルは新たな世界へと足を踏み入れたのだった。

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