9.飴ちゃんと鞭をどうぞ
「なるほど……!」
「なるほど、じゃありませんよ。何ですか? そんなに犬呼ばわりが嫌でした!? だからこんな回りくどい仕返しを」
「嬉しかったけれど? 君があんなに楽しげだったし」
「シバより変な人ーー!! ……はっ」
数秒僕――いや、たぶん。僕の向こうを見つめて固まって。そして見る間にシバの顔は色を無くしていった。
長い前髪の隙間から、かろうじて見える眉も下がっている。
その場にへたりと座り込んでしまって下を向く顔。もう表情は読めなくなる。黒く影が差している。
「…………忘れていました、ええ忘れていました」
「……シバ?」
「そうですね、シバは人となど日常的に会話しません。そしてお前の顔面や言動は更に非日常」
「し、シバ様〜……?」
「そのせいです。そんな事象に脳内を乱されたせいで、リソースを割かせられたせいで」
ゆらり。顔が上がった。
周囲のざわめきが消えたように一瞬錯覚する。
僕の前でころころと表情を変えてくれる彼女だけれど……そこにあったのはまだ見ぬもの。
「思いっ切りクラスメイトに知覚されている事が頭からすっ飛んでいました。そうはならんやろ、な事態が巻き起こっています」
なんだろう、これまでの『斯波未散』がすっかり中から抜け落ちてしまったような。そんな顔だった。
目の前に居るのは確かに人間の女の子であるはずなのに、少し身体の芯がぞわぞわする。
「――許しませんよ佐藤宙」
「な、名前……呼んでくれたね……? フルで……」
「ええ。冥途の土産としてください」
小さなお手々は、そっと机からとびきり分厚い本を手にした。そんな幅の物、持つのもしんどそうなのに。
ふわふわ甘ったるいはずの存在である彼女からとんでも無く鋭いナニカが漏れ出している。
まるで"本当の"僕がここに居たとしても、脚の一つくらいは刈り取ってしまいそうな――。
「――すとーーーーっぷ! ウチのクラス三番目な顔に免じてステイ!」
「なっ!?」
僕達の間へと滑り込む、こちらへ背を向けた姿。
目線の高さに被る金の髪は短く切り揃えられている。
「うぉあいたっ!?」
なぜか。
すぐにその女の子は視界から消えた。向こうにある、シバの目も口もまるく開けた顔が見える。
視線を落とせば……床には爪先を押さえてごろごろ転がるその子と、さっきまでシバの持っていた本。
ぶん殴った動作が速すぎて見えなかった――訳ではないだろう。さすがにそうだよね?
多分。シバが驚いて離したのだろうそれが、うっかり彼女に直撃していた。
不幸な事故が朝からこのクラスにて起きていたのだった――。
「――まあホンマは当たっとらんけどね? どう? 和んだ?」
「本当に何なんです!?」
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