2.お願いだから独りにしないで
「…………」
――そうでないと、運命でないといよいよ困るのに。
彼女の顔は上がらない。長い前髪が少し掛かった両の目はずっとぎっしり詰まった文字列を追っていて、僕の存在なんて認識していない様だった。どうして?
無視をされた? 返事をしたくない、と思考している――そんな、まさか。嘘だろう。嘘であってくれ。
「あ、あの〜……?」
きっと気付かれていないだけ。きっと。お願いします。
傍へ寄って、そろり。その狭い肩へと片手を静かに置いた。柔らかくてそのまま口に運びた――。
「ぴゃっ!?」
――跳ね上がる小さな体。
可愛い。と、思わず私は二本の手で口元を押さえた。そう、驚かせてしまったとは理解しているのだけれど、それでも湧き上がってくる感情だけは抑えきれなくて。本音を吐き出してしまわないのが精一杯だった。
咳払い一つして、喉の奥へとたっぷり愛情の乗っかった声を押し戻して。
「ん゛っ……ごめんね、驚かせてしまったね……ええと、君に何か害を与えるつもりは無いんだよ。ただ寂しくてつらくて本当に」
「話す事はありません」
「え」
ぽかんと口を開けた私の事を、ようやく彼女ははっきり目にしてくれた。高い位置で縛られた二房の毛が揺れる。
「何の罰ゲームかは知りませんが、シバにはお前に話す事などありません。お引き取りをお願いします」
そう言ったきり細っこい胴体がきゅうと丸まって、分厚い本が彼女の顔をまるっと覆い隠す。
ああ困った。この姿勢もこれはこれで良いけれど、もう少し可愛らしい表情も観察させてくれないものか――どうすればこの防御姿勢を解いてもらえるか、私は暫し、シバしその場で考え込んだ。
ここまでの擬態っぷりに何も綻びの目は無いだろう――やはり嫌われているのでは? 何を間違えた? どうして?
「――どうして。お引き取ってくれないのですか」
どっぷり落ちていく思考を割いた声に首を動かせば、ほんの僅かに下げられた紙の壁。その上からは少し閉じかけた目が覗いていた。
可愛いお目々と視線が、また合っている……!
「どうして、とは僕だって聞きたいけれど……とりあえず、ありがとう」
「何に!?」
「ああ、いや………………(君達が存在している)事実に? あっ」
遮る壁がまた上がった。どうだろう、さっきより更に沈黙すればもっと下がってくれるだろうか。我々に知られていないだけで、人間にはそういう習性があったりするのだろうか。
「……あのですね、転校生」
ほんの少し籠もった声が向こう側から響いて、私は頷きを一つ返した。
「…………? 転校生?」
もう一度。
「……どうして返事しないのですか」
あっ、可愛いお顔が。
「ありがとう!」
「だから何なんです!? もう研究所にでもお引き取られてくださいこの珍獣!」
「……研究する側としてなら……うん、良いな。私と一緒に来てくれる?」
「いやー! シバより変な人ー!」
彼女が座ったままずりずり後ずさるものだから、こちらも倣って後ろへ数歩。似た行動をさり気なく取れば人間は好意を抱きやすくなる、そうだったはず。もう人間オタクとしての自信はかなり削られているけれど。
「……そんなに変かな? 変だと言うのなら、良ければ君に教えてほしいな。ヒトの普通を……!」
そっと、手を差し出して。友好のアピールを。
驚かせたりなどはしてしまったが、この世界へと来て一番会話の続いている相手。どうにかこのまま押し続けて――。
「わたしは普通じゃありませんから! 無理です!」
どたばたとした足音。後には、僕ひとりだけが残されていた。
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