親友のカノジョが、「領主の妾にされたくない!」と僕の家に転がり込んできた。見つかったら僕の家族が破滅する。バレたらヤバい。どうすりゃいいの!?

大濠泉

第1話

 季節は秋。

 紅葉が色づき、そろそろ肌寒くなってきた頃のことでした。


 朝早くから、家の扉を激しく叩く音がしました。

 これから農作業に出ようとしていた矢先のことです。


 何事だろうと僕が玄関を開けたら、見知った女性が駆け込んで来ました。


「ねえ、トマス、お願い。かくまって!」


 彼女の名前はララ。

 見ると、右腕と左脚から血がにじんでいました。

 全身汗まみれになっており、身体が冷え切っているようでした。

 思い切り走ってきたのでしょう。

 くちびるに色がなく、小刻みに震えていました。


「訳あって、悪漢に追われてるの。

 しばらくの間でいいから、匿って!」


「訳」なら、この村の誰もが知っていました。


 ララは隣村の娘です。

 小作人を五人も雇っている、有力農家の箱入り娘でした。

 目がパッチリと開いた、美しい顔立ちで、スタイルも良い。

 近在で一番の美人でした。


 が、それが不幸を呼び寄せたのです。

 領主館に奉公した際、領主様に見初みそめられ、めかけにと所望されたのです。

 ララは必死の抵抗を試みましたが、彼女の父親はすでに了承していると聞いています。

 近在の村人全員が知っている話題でした。


 ですが、ララは僕と同じで、いまだ十七歳。

 一方の領主様は六十代ーー。

 ですから、ララが逃げ出すのもおかしくありませんでした。


 でも、領主様は残忍な性格をしています。

 怒ったら何をしでかすかわかりません。


 僕は悩みました。

「ララを匿う」ということは、「領主様の意向に逆らう」ということになります。

 ララを見知ってから、付き合いは長いけど、僕は決して恋人ではありません。

 僕が彼女に対して、一方的に片想いしているだけで、告白すらしていませんでした。


 ララには付き合ってる彼氏がいたのです。

 ウチの村の村長の息子ベースで、僕の幼馴染で、親友でした。

 村長の家はウチからちょっと離れていますが、お隣さんです。

 ウチから見晴かせば、村長の屋敷の青い屋根が見えます。

 大きな二階建てのお屋敷で、平屋の僕のウチより、よほど広くて立派でした。


「ベースの家へ行けよ」


 僕は、ララの顔から視線をらせながら言いました。

 もし、僕がララを匿ったら、領主様の意向に逆らっただけでなく、「婚前の女性を、自室に閉じ込めた」と噂されかねません。

 村人の噂は、とかく悪意にいろどられやすいのです。

 しかも、村長の息子ベースに無断でララを家に迎え入れ、挙句、自室に匿ったと知れたら、後でどんな文句を言われるか知れない。


 そんなふうに考えて、僕が躊躇ちゅうちょしていると、ララは勝手に玄関に上がり込み、甲高い声を張り上げました。


「絶対、捜索されるから、彼氏ベースの家には逃げ込めないのよ!

 だから、あなたの家に来たの。

 カレとの仲を祝福してくれるって言ったじゃない?

 友達でしょ!?」


「う……うん」


 こうと決めたら、僕が何を言おうと、意のままに振る舞うーーそれがララでした。

 ズカズカと玄関から上がり込む彼女を押し留めたのは、僕の両親でした。


 僕の父親はララの前に立ちはだかりつつも、懇願するような口調でさとしました。


「ララさん。俺たち一家は、村長の畑を耕す小作人だ。

 あなたを匿ったとバレたら、領主様ばかりか、村長からもお叱りを受けてしまう。

 悪くすりゃあ、一族郎党、領地から追い出されちまう」


 大人から説得されても、ララは一向にひるみませんでした。


「タダとは申しません。お礼はいくらでもいたします」


 と言って、彼女は懐から宝石箱を取り出しました。

 小さな箱には、美しい細工がほどこされていました。


 宝石箱の蓋がそっと開けられました。

 色とりどりの宝石が五つもあって、七色に輝いていました。


 僕と父親は沈黙していましたが、母親が「まぁ!」と声をあげ、手を合わせました。

 僕の母は見たこともない、名前も知らない宝石たちにせられてしまったようでした。

 二つ返事で、「どうぞ、どうぞ」と、ララを家の奥へと招き入れたのです。


 ただ、普通の部屋に通したところで、長居はさせられません。

「ララを匿う」というのは、「ララを隠す」ということを意味します。

 ですが、わが家は平屋なうえに狭く、地下室もありません。

 ですから、天井に梯子はしごを渡して、屋根裏に身を隠してもらうしかありませんでした。


「ここだったら、安心ですよ。絶対に見つかりません」


 母は、飲み水を運んだりして、ララの世話を焼きながら語りかけました。

 傷の手当てをしたり、身体を布でいて、清潔な衣類に着替えさせたりしました。


 屋根裏は物置になっていて雑然としていましたが、人ひとりが寝泊まりする広さはあります。

 僕がララを椅子に座らせて、温かい蜂蜜入りのミルクを飲ませると、彼女の頬にほんのりと赤味がさしてきました。


「しばらくの辛抱だから、ここでジッとしていて」


 黙ってうなずくララに向けて、僕は精一杯微笑みました。

 が、梯子を降りると、僕の表情は次第に強張こわばっていきました。


 これから先のことを考えて、暗澹あんたんたる気分になってしまったのです。

 領主様の意向に逆らって、親友のカノジョを匿うーーそんな行為に、生命を賭けるほどの価値があるのか?

 だいたい、お母さんはこの先、ララのことをどうするつもりなのか?

 お父さんは、このあと、領主様や村長にどういった態度を取るつもりなのか?

 僕は緊張して、全身が震えてきました。


 それから半刻後ーー。

 案の定、領主様の手勢が村にやって来ました。


 僕は玄関先に出て遠目を効かせ、隣家の村長宅を見晴るかしました。

 ウチにまで聴こえるほどの大きな音がして、扉や窓が斧で叩き割られていきます。

 鎧姿をした騎士が何人も村長宅に押し入って、乱暴狼藉を働いているようでした。


 領主様の下には、戦場で人を殺して生活する傭兵団が幾つも集まって食客となっています。札付きのゴロツキどもが雇われて、騎士を名乗っていました。


 相当、長居していましたが、騎士を名乗るゴロツキどもは、ようやく村長宅から引き揚げるようでした。

 立ち去り際に、ひとりの騎士が親友ベースを蹴り上げていました。

 ララを見つけられず、騎士たちはかなり苛立っているようでした。


 やがて、ウチの玄関扉が、乱暴に叩かれました。

 ここら辺一帯には小作人家族の家屋が連なっています。

 が、真っ先にウチに来たのは、領主様の手勢が、ララの交友関係をしっかり把握していて、逃げゆく先にアタリをつけている証拠でした。


 僕はゴクリと生唾を飲み込みました。

 屋根裏に潜むララは言うまでもありませんが、両親までも奥の部屋に引っ込んでいます。

 僕は立ち上がって、玄関に向かいました。


「どちら様でしょうか?」


 玄関の扉を開けると、武装した騎士が七、八人でおしかけてきて、鋭い目と口調で詰問きつもんしてきました。


「ここに、若い女性が逃げ込んで来なかったか?」


 と聞かれました。

 僕は、平静さを装いながら答えました。


「いいえ。誰も訪ねてきてはおりません」


「隠し立てするとためにならないぞ!」


「ララがおまえと知り合いなのは、調べがついてるんだ」


 強い口調で脅されましたが、僕は「知らない」と言い張りました。

 ですが、騎士の側も、なかなか引き下がりません。


「逃げ込むとしたら、この家しかないのだがな」


 と言って、疑わしそうな目つきでにらまれ、ひと通り家の中を調べたいと言われると、断ることもできませんでした。

 結局、騎士団が僕のウチの捜索を始めることになったのでした。


 彼らは隅から隅まで、僕のウチを丹念に見て回っていきます。

 ウチは広くない平屋です。

 僕の部屋のベッドまでひっくり返しても、すぐに捜索は終わってしまいます。

 屋根裏でララは息を殺しているようですが、いつ発見されてもおかしくありません。


 僕は生きた心地がしませんでした。

 もし、ララを匿っていることが露見したら大変なことになります。

 今更ながら後悔の念で、心はいっぱいになりました。


 でも、騎士たちは屋根裏部屋の存在に気が付きませんでした。

 思いかけず貧しいウチのありさまに同情してしまったからかもしれません。

 結局、彼らはどの部屋にも、該当する不審者はみつけられませんでした。


 僕はホッとして、笑顔で騎士さんたちに、ねぎらいの言葉をかけました。


「ウチには何の問題もありません。

 これから畑に出ようとしていた矢先なんですよ。

 ほんとに、お勤めご苦労様でございます」


 僕が安堵する一方で、騎士団の連中はみな、不満顔でした。


「気に入らんな。

 見つからなかっただけじゃ、領主様がお許しにならない」


「俺たちの給金が減らされるぞ」


「領主様はオンナのこととなると、見境がないからな」


 ひとりの騎士がポンと手を打ちました。


「そうだ。この家ごと、焼いちまえば、どうだろう?」


 いきなり、なんて乱暴なことを口にするんだろう、と僕は目を丸くしました。

 ところが、その騎士の一言で、他の面々の様相が明るいものへと一変したのですから、驚きです。


「そうだな。

 領主様は、『オンナの知り合いのヤサを、くまなく探し回れ』と命じていたからな」


「うむ。

『オンナは見つからなかったが、最後の場所には火まで放った。それでも見つからなかった』と言えば、納得してくださるだろう」


「結局、領主様は、他のオトコにオンナを取られたくないだけなんだからな。

『見つけ出せば、生死は問わぬ』とまで口走ってたし」


 彼らの話を耳にして、僕は青褪あおざめました。


 ララを見つけられないからって、どうして僕のウチを焼くことになる?

 これも、戦場で生きてきた連中の思考法というヤツなのか?


 あまりに考えが飛躍しすぎていて、ついていけません。

 びっくりしたのは、当然、僕だけではありませんでした。

 両親が奥の部屋から飛び出してきて、必死の形相で騎士たちにすがりついたのです。


「火をつけるなんて!」


「私たちは今後、どうやって生活していけば……!」


 僕と両親は共に青褪めていましたが、まったく理由が違っていました。

 僕はララの安否を気にかけていましたが、両親は自分たちの住む家がなくなることにおびえていたのでした。


 騎士団の連中は、僕たち親子を憐れむように眺めて、吐き捨てました。


「心配するな。領主様に建て直してもらえ」


「もともと、領主様に下げ渡された家屋だろ? 文句あるまい」


「新しい家屋が建つまで、村長に面倒を見てもらえ。

 俺たちが口をいてやる」


「村長の家は、おまえらの家と違って、豪華だったぞ」


 身を強張らせるだけの僕とは違って、両親は即座に頭を下げていました。


「はい。でしたら、火でもなんでも、おつけください」


「どうぞ、ご自由に。貴重なものなど、一切、ございませんから」


 僕が前へ出ようとすると、母が抱きついて止めました。

 そして、僕の耳許でささやいたのです。


「仕方ないんだよ。

 それに、あの娘、おまえをふったんだろ?

 知ってるよ。

 おまえ、村長の息子にあの娘を譲ったって噂だけど、そうまでしてこびを売る必要はないんだよ」


「媚を売るだなんて、そんなつもりはーー」


 僕が言い淀んでいると、父親が有無をいわせず、僕の腕を引っ張りました。

 そうして、僕ら親子は家の外に出たのでした。


 そのとたん、ウチの周りを取り囲んでいた騎士たちが、火を付けた矢を何本も放ちました。

 ウチは木造の平屋建てでしたから、あっという間に、火が燃え移り、黒煙と共に炎が渦巻きました。


 そうして、しばらくしてからのことでした。


「キャアアア!」


 女性の叫び声が、家屋が燃え落ちる音にまぎれて聞こえてきたのです。

 耳にしたのは僕だけではないはずです。

 ところが、父も母も素知らぬ顔をしていました。

 騎士団の連中も無表情でした。


 ただ、騎士のひとりだけがニヤニヤしながら、僕に近づいてボソリとささやきました。


「聞かなかったことにしてやる。ありがたく思え。

 アンタ、あのオンナ、好きだったんだってな。

 なのにフラれた挙句、村長のところのガキに取られてーーまあ、いいか、いまさら。

 俺も領主様から、あの女の面倒を見るように言われて、面倒で嫌だったんだ」


「……」


 その後、騎士団にともなわれて、僕たち家族は村長宅を訪問しました。

 村長は僕たちを笑顔で迎え入れてくれました。


 親友のベースは無論、僕を歓待しました。

 ハグしたとき、


「おまえも騎士の連中から酷い扱いを受けたろ? お仲間だな」


 と、彼は僕の耳許でささやきました。

 どうやら、彼はララが僕のウチに駆け込んできたことを知らないようでした。


 その晩、同室で寝ることになり、ベースは僕に向かって胸を張って言いました。


「心配いらないよ。ララは大丈夫だ。

『絶対、見つからない所に逃げる』って言ってた」


僕は上目遣いで問いました。


「これから、どうするつもりなんだ?」


 ベースは明るく微笑みました。


「彼女が来てくれたら、時期を見て、村を出るつもりだ。

 一緒に街に行くんだ。

 王都に住むのなんか、いいよな」


「……」


 一ヶ月して、僕のウチは新しいモノになりました。

 焼け跡に家屋が新築され、領主様から下賜されたのです。


 僕の両親は、以前にもまして、活き活きと畑を耕し始めました。

 夕食のとき、いつも母親の指には、例の宝石が美しく輝いていました。


 その一方で、親友はぼんやりと遠くを見詰めることが多くなり、魂が抜けたようになってしまいました。


「村長の息子さんには、そろそろ嫁さんでもあてがった方が良いな」


 と大人たちが噂するようになるまで、さしたる時間はかかりませんでした。


(了)

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