孤独な月明かりの下で

@black_wolf_1

第1話第1章: 出会い

第1章: 出会い

杏奈はいつも通り、渋谷の駅から家に向かう帰り道を歩いていた。人々の喧騒を避けるように、ふと目に留まったのは、通りの片隅にある古びたカフェだった。どこか懐かしさを感じるその店は、他のカフェとは一線を画していて、外観からは温かさが滲み出ているようだった。初めてその店を見たとき、杏奈は不思議な気持ちに引き寄せられた。それが何度も足を運ぶきっかけとなった。

「ここ、気になる…」そう思いながら、杏奈は店のドアを引いた。店内には、薄暗い照明と、落ち着いた雰囲気が漂っていた。静かなジャズの音楽が流れる中、カウンターにひとりの青年が座っていた。彼は何かに集中している様子で、無言でコーヒーを飲んでいる。その姿がどこか孤独で、目を離せなかった。

「こんにちは。」思わず声をかけた杏奈に、青年は顔を上げ、驚いたような表情を浮かべた後、少し笑顔を見せた。「あ、どうも。」彼の名前は翔太。優しげな笑顔と、少し恥ずかしそうな態度が、杏奈に安心感を与えた。彼は少し照れくさい感じで話し始めたが、その優しい声に杏奈はすぐに心を奪われた。

「ここ、よく来るんですか?」杏奈が尋ねると、翔太は少し考えてから答えた。「たまに、ですね。なんだか落ち着く場所で…」彼の言葉に共感を覚えた杏奈は、自然と席を隣にして座った。その日から、二人は何度もこのカフェで顔を合わせるようになり、少しずつ会話が増えていった。

翔太の言葉の端々には、どこか寂しさがにじんでいた。だが、その寂しさを感じさせないように振る舞う彼の姿に、杏奈は次第に引き寄せられていった。彼に何か秘密があることは、なんとなく感じ取っていた。しかし、それを尋ねる勇気がなかった。ただ、翔太と過ごす時間が、杏奈にとっては何よりも心地よいものだった。

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