第9話
玄関ホールに新入生が集まった。
夕飯の匂いが廊下に漂っていて、長い一日を乗り切った生徒たちの空腹を刺激する。
さっきまでそれぞれの部屋で荷解きをしていたざわめきが、少しずつ一つの場所へ吸い寄せられていく。
「えっと――全員集まったかな。長くなるから座ろうか」
背の高い影が廊下の先から現れた。うねうねと重い黒髪を揺らす平戸が、両手をゆっくり振り下ろして座るように促す。その合図で生徒たちは玄関ホールに腰を下ろし、彼の方を見上げた。
「改めまして、今日からみんなの寮生活をサポートする平戸です。ちなみに薫とは同級生で、一応組高卒業済みの新撰組隊士だよ。夕さんと夏さんには、組高時代すごく可愛がってもらいました。当時は4人でよくつるんでたんだよね」
平戸の軽い自己紹介に、生徒たちから「へぇ〜」と声が上がった。
同時に後方のソファに並んで腰かける桜班の三人へ自然と視線が集まる。
片手をひらりと持ち上げて「そうでーす」とにこやかに微笑む薫、紙パックの牛乳を飲みながら気まずそうに視線を逸らす夏、腕を組んでうんうんと頷いて見せる夕。
今やテレビでは見ない日はないほどに活躍を重ねている現代の治安維持の象徴も、自分たちと同じように学生時代を送っていたのだと、生徒たちに不思議な親近感を芽生えさせた。
「じゃあ自己紹介はこれくらいにして、生活のルールを説明するね。みんな疲れてる上に長い話で申し訳ないけど、…大事な話なので寝ないように」
最後だけ語気を強めて付け足すと、あちこちでうつらうつらと揺れていた少年たちが背筋を伸ばす。
平戸は分厚い紙束を胸の前で持ち直し、指を一本立てた。
「まず、門限は21時。学校から半径1kmまでへの外出は、外出届を提出すれば基本的に許可します。ただし必ず二人以上で行動すること。休みの日のおでかけは友達と一緒にね。それより遠くへの外出・外泊は、やむを得ない事情がある場合のみ。1年生の間は俺、もしくは担任の先生が付き添うという条件付きで許可します。君たちは今日から国の管轄下です。敵対する組織が君たちのことを常に狙っていると思ってください。
それから…体調不良の時は時間に関わらずすぐに管理人室のチャイムを鳴らして。軽い症状なら薬が置いてあるし、病院についても夜間でも診てもらえるように新撰組の医療班と連携してるから」
平戸の言葉に生徒たちが息をのむ。体育館での騒動で、自分たちが治安を正す立場であるのと同時に、治安を荒らす様々な組織から狙われる立場であるということを痛感したばかりだ。外出や外泊について制限するのは安全面を考えると当然。誰一人として異議を申し立てる者はいなかった。
少年たちの表情を確認して小さくうなずいてから、平戸は二本目の指を立てた。
「次に、食堂の時間。
朝6:30~8:30、昼12:00~13:00、夜18:30~20:00。この時間以外は閉まってます。夜お腹すいたら購買か自販機で工夫してね。訓練や用事で遅れそうな時はあらかじめ食堂に言っておけば取り置きできるけど、申請はなるべく早めにすること」
三本目の指。
「入浴は5:00~23:30。君たちは汗をかくことが多いだろうから、朝から夜まで大浴場を利用できるようになってるよ。ドライヤーは各部屋に一台ずつ置いてあるので、上がったらすぐに部屋に戻るように。野郎の裸でごった返す脱衣所なんて地獄だからね。あーそれから…化粧水とかヘアオイルとか、そういう類のアイテムは寮にはありません。必要な子は自分のものを使ってください」
四本目。
「消灯は24時、それ以降は静かに。おしゃべりの声が廊下に響いていたら俺が叱りに行きます。スマホ・PC・ゲーム機は持ち込みOK。Wi-Fiも使える。ただし校舎への持ち込みは厳禁なので必ず寮の中で楽しんでね。遅くまで勉強したり、動画みたり音楽聴いたりゲームしたり…消灯後の過ごし方に制限はかけないけど、音も明かりも同室の子の睡眠の邪魔にならないように。──ただし、夜更かししすぎて学業に影響が出ることは断固許しません。ここでは、寝不足は命に係わることだってある。自己管理は徹底すること」
五本目。
「共用部の掃除は基本的に業者に頼むけど、自室は自己責任だから班のみんなで当番決めるなりしてキチンと掃除してね。洗濯も各自で。地下にランドリーがあるから利用してください。休日は混むからできる限り平日もこまめにすることをオススメする。洗剤は一応置いてあるけど、好みがある子は自分のものを使ってください」
流れるように説明を終え、
「――じゃ、こんなところかな」
平戸は胸の前で紙束をトン、と揃えた。
「この内容は紙にまとめてあるから、今から各部屋のポストに入れておきます。困ったときはまずこれを見る。書いてないことは、俺か上級生に聞く。いいね?」
真剣に聞いていた生徒たちに問いかけると、「ハイ!」と綺麗にそろった声が打ちあがった。
平戸は穏やかな笑顔で頷くと、柔らかい表情を崩さないまま後方のソファへと視線を送る。
「――いいですね?」
その場の視線が一斉に桜班の三人に集約した。
あからさまに興味なさげにソファの上に体を沈めて溶けていた三人はビクリと肩を揺らして、薫は「は、はーい!」と張り付けた笑顔で片手を伸ばし、夏は牛乳パックを握ったままコクコクと何度も頷く。夕に至っては両手を頭の上で結んで大きな丸を作り必死にアピールしている。どうみても慌てて取り繕っている。
――この人たち、本当に聞いてたのか…?
という生徒たちの呆れが混じった心の声が空間に大きく浮かんだように見えた。
「それじゃ各自、片付けの続きをどうぞ。今日はこの後自由時間なので、さっきのルールに則って過ごしてください。食堂の時間間違えないようにね。消灯までには部屋に。じゃ、解散!」
「ありがとうございましたー!」
元気のいい返事を響かせてから、ざわざわと散っていく群れ。
和樹はその流れに身を入れ、美治と瞬も同じ方向へ歩き出す。
廊下の先、手書きの丸い字で『108号室 一年第24班』と書かれた紙が貼られた扉の部屋。
新入生たちの笑い声が、夕焼け色の廊下に軽やかに弾けていく。
誠を背負う蕾たちの生活が、幕を開けた。
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