当て馬に転生したので、推しの負けヒロインと結ばれたい!

籠の中のうさぎ

プロローグ

『負けヒロイン』


『颯一くん。わたし、あなたのことが好きなの』



 名ばかりの部活動を終え、教室に忘れ物を取りに帰ったその時。

 室内から、クラスメイトの志波 咲良しば さくらの少し上ずった愛の告白が聞こえ、俺は慌ててその場にしゃがみ込んだ。

 俺の好きな人・・・・の思わぬ場面に出くわしてしまい、息を殺してそっと教室を覗き見る。

 

 微妙に褒めを染めてるくせにどこか困ったような顔をして告白を受けているのは、俺の友人でもある月見 颯一つきみ そういちだった。

 そんなアイツに、志波が夕日で赤く染まった部屋に負けないくらい頬を赤く染めて見つめている。


(あ、かわいい……)


 薄々勘付いてはいたが、志波はやはり颯一のことが好きだったようだ。

 その事実に、ズキリと心臓が痛む。

 あの可愛い顔を引き出したのは俺じゃないんだよなぁ。それを考えると切なくなる。


 中学の時から彼女が好きだったのに、気恥ずかしさや彼女と友人ですらなくなるかもしれないことが尻込みさせたのだ。

 その結果がこれなのだから、救えない。


 女子の平均身長よりも低いところも可愛いし、薄桃色の柔らかそうなふわふわの髪も最高だと思う。

 顔の造形はさることながら、鈴のような声と言うのはこのことを言うのだろう。

 緊張に震える声は耳馴染みがよく、すっと俺の胸に響くようだ。


 これが“癒し系”女子と言うのだろう。

 流石“ラノベのキャラ”である。俺の好みドンピシャを突いている。


(あれ? “ラノベ”……?)


 その瞬間、ふっと頭の中に蘇ったのは、うだつの上がらない“前世”の男が手慰みに読んでいた、【学校の美少女たちの秘密を知ったら、全員口止め料を押し売りしてくる!】というタイトルのラノベだった。

 内容は、ひょんなことから学園の可愛い女の子たちの秘密を知ってしまった主人公に、女の子たちが口止めのために付きまとう内に、主人公のことを好きにてしまうという王道を盛り込んだラブコメだ。


 主人公月見 颯一つきみ そういちの入学から始まる物語は、主人公を取り巻く4人のヒロインたちによって彩られる。


 明るく勉強もできる、完璧マドンナの多智 青依たち あおい

 面倒見がよく姉御肌な主人公の1つ年上の幼馴染、布里村 樹利亜ふりむら じゅりあ

 1つ年下で、ツンツンクールな主人公の義妹である月見 愁佳つきみ しゅうか

 そして、真面目で面倒見がよく、おっとりとした小動物のような同級生の志波 咲良しば さくら



 その志波 咲良が俺の“最推し”だった。



 ヒロインの中では2番目に登場した彼女の設定は、全てにおいて他のヒロインと被っている。


 なんだかんだ真面目な部分は青依に。

 面倒見がよく優しい部分は樹利亜に。

 小さく華奢な体は年下キャラの愁佳に。


 全てにおいて没個性。画面にいても華がない。そのせいかあまり人気がでず、作者ですら物語の中盤で早々に颯一へ告白させ、振らせるという。

 公式公認の“負けヒロイン”なのだ。



 そして、今俺の目と鼻の先で行われている告白が、まさにその“ヒロイン脱落のための告白シーン”である。


 告白された颯一は少し頬を染めつつも眉尻を下げて『ごめん』と口にした。


『俺、咲良のことは好きだけど、そういう意味の好きじゃないんだ。だから、ごめん……』


 恋する少女には残酷なその言葉に、志波は一瞬傷ついた表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。


『ううん、いいの!わたしも、そうかなって思ってたから……。颯一くん、聞いてくれてありがとう』


 颯一が申し訳なさそうな顔をして教室を出ようとするのを見て、俺は慌てて隣の教室に隠れる。

 部屋を出る引き戸の音と、足音が遠ざかっていくのを確認してから、再び廊下から志波の様子をうかがう。


 先ほどまで気丈に笑みを浮かべていた志波の目からぽろりと涙が零れ落ち、細い指が慌ててそれを拭う。


『あ、はは……。やっぱり、青依ちゃんには勝てないや……』


 それを見た瞬間。どうしようもないくらいの愛おしさに襲われた。


 俺は、前世では志波 咲良が一番好きだった。

 それは単純に可愛いからという理由もあるが、どんな状況でも境遇や他人のせいにしないその考え方が好きだった。


 名実ともにマドンナである青依の幼馴染である志波は、いつも青依と比較されて育ってきた。


 普通よりも可愛いけど、志波が好きになった男が好きになるのは青依の方。

 勉強はできるけど、成績がいいのは青依の方。

 面倒見はいいけど、クラスメイトがいざという時に頼るのは青依の方。

 家族ですら、何かにつけて娘である志波に優秀な青依を見習えと言う始末。


 せめて、青依と幼馴染でなければ培われたであろう自尊心がほとんどない。

 女も男も、みんながみんな『青依ちゃん紹介して!』と自分に近づいてくるのだ。

 まさに、 “みんなのマドンナ”の友人A。圧倒的光を輝かせるための引き立て役。


 そのマドンナの一番近しい友人だからこそ、品行方正でいなければならないプレッシャー。

 グレたり、青依から離れでもしたら、周囲はみな口をそろえてこういうだろう。


『青依さんの友人なのに、何があったの?』と。


 でも、志波は決してそんな状況でも折れず曲がらず。いつだってまっすぐした心で青依とも周囲とも向き合っている。

 確かにヒロインの中だと目立たないが、好きにならない理由がなかった。

 不憫なところさえ彼女の魅力だと一度思ってしまうと、あとは坂道を転がり落ちるようにどんどん俺は彼女に堕ちて行ったんだ。

 小説に出てくるわずかな情報から考察して、そこからまた志波のいいところを見つけて。

 二次元にガチ恋なんてむなしいかもしれないけれど、俺は確かに志波咲良という等身大の人を好きになってしまった。



 この世界において、志波の恋が報われることはない。



 この件以降、志波の恋心は他のヒロインに発破をかけるための舞台装置にされてしまう。

 そんなのあんまりだろう。


 それなら、俺が。彼女を幸せにしたっていいんじゃないだろうか。

 こんな俺でも、彼女と結ばれる未来があってもいいんじゃないか。




 俺の名前は千日 洸太せんにち こうた

 志波がヒロインたちに発破をかけるための“負けヒロイン”なのだとしたら、主人公に危機感を抱かせる。いわゆる“当て馬ヒーロー”の役割を振り当てられた者の名前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る