—T市 赤い鏡の件—

  “チリリン”


「みーつけた」

 隣を歩くMちゃんと同時に振り返ると、この辺りでよく見かける制服を着た、中学生の女の子が立っていた。

「探したんだから」

「えっと……ごめん、どこかで会ったかな」

 私もMちゃんも見覚えがなかった。忘れているだけだろうか。

「ううん。会ったことはないよ。でも知ってる。探してたの」

「それは……」

 どういうことかと思って、気がついた。

 ⸻この子、人間じゃない

 でも、人間ではある。

 つまり……取り憑いてるのか。

 そんな子がどうして……?

「何か用? わざわざ私らみたいのに声掛けて」

「うん。なんとかしてほしくて」

「なんとか? なにを」

「この子。Sとちゃんと意思疎通したいの。じゃないといつまで経っても埒明かなくて」

 意思疎通……。

 そんな重要な何かがあるのか。

「ふたりみたいに有名な人たちならなんとかしてくれるかなって」

「有名? そっちの業界じゃ有名なのかい?」

「みんな噂してるよ。あのふたりはヤバいって」

 そんなことになってるとは……。

 世の中どこでどうなっているのかわかったもんじゃない。

「で、そのSちゃんとどうしたらいいの?」

「ちゃんと通じ合いたいの。今はなんか変な風に伝わっちゃってるから」

 とりあえずウチ来て!と連れられ、私とMちゃんは、彼女と彼女の宿主の家へと向かった。


 “A”と書かれた表札の掛かった家は、なんとなく和な香りのする佇まいだった。

 彼女がお母様にウマいこと言って私たちを紹介し、ご挨拶を済ませると、こっち!と家の中へさっさと入っていった。

 軽く頭を下げ、お邪魔させてもらう。

 廊下を奥へ向かい、裏庭に沿って右へ折れると、広めの和室があった。客間のつもりだったんだろうか。床の間があるだけで、あとは何も⸻

「これ!」

 あった。

「この鏡があたしの……依り代?ってヤツ」

 そう紹介された鏡台は、まるで生きているかのようだった。

 鮮烈な赤色がうねり、隆々と脈打つようなデザインが施されている。

 なんとも圧倒される存在感だった。

「珍しい意匠だね」

 そう言うと、でしょー、と嬉しそうに、…………

 ⸻椿。椿だよ

 椿は照れた。

「でもね、みんな不気味っていうの。気持ち悪いって」

 たしかにこの脈動を想起させる見た目は、多くの人が嫌悪感やグロテスクさを感じるものだろう。

 しかし、Sちゃんは違った。

「キレイ、ステキって言ってくれたの。あたし嬉しくって」

 椿はころころと笑った。

「あ、そうだ。せっかくだからあたしと直接話そうよ」

 そう言うと元気良く、鏡台の前に進み出た。

「ほら、これがあたし」

 私とMちゃんが鏡を覗き込むと、そこには色白で、切れ長な美しい目をした、かわいらしい少女が映っていた。

 黒髪が艶やかながらもさらりと映え、鮮烈な赤に蛇のようにうねる黒い柄と、金の椿舞う振袖が、鮮やかに彼女の美しさを際立たせていた。そして、漆黒に金の筋の入った帯、そこに揺れる、赤い組紐の鈴。


  “チリリン”


 なんとも涼やかな音が響く。まるで彼女そのもののようだった。

「えっらい美少女だな」

 私がそう言うと椿は、えへへ、と恥ずかしそうにし、

「ありがと。お世辞でもうれしい」

 ともじもじした。

「あ。じゃなくて、Sのこと!」

 そうだった。すっかり忘れていた。

「なんとかしてほしいの!」

「ちゃんと通じ合いたい、だっけか」

「そう!」

「どういうことなの?」

 Mちゃんが優しく尋ねた。

「さっきも言ったようにね、あたしのことを受け入れてはくれたの。でもね、Sがのめり込み過ぎちゃって、あたしが取り憑いたみたいな感じになっちゃってさ、ちょっとでも想いを強く出すと、この鏡の前であたしになろうとするの! お化粧しだすの! うふって微笑むの! あたしはそんなことしてほしいんじゃないの! でもなんか伝わらなくてさ……!」

「なーるほどね。それさ、単純にSちゃんが椿に押し負けちゃってんだよ」

「あたし……押し勝っちゃってるの……?」

「うん。Sちゃんが柔軟なのもあるけど、椿が強すぎるんだよ。まぁ、Sちゃん自身、ちょっとコンプレックスから来る憧れとかがあるみたいだから、そっちに流れるのもわかるけど」

「あー、たしかになんか悩んでるみたいだった。もっとこうだったらいいのに、みたいな」

「とりあえずSちゃんの波長に合わせてあげるといい感じになると思うよ」

「そっか……。わかった、やってみる」

「ごめん。あのさ、」

 Mちゃんが聞く。

「そんなにしてまで伝えたいことって……なぁに?」

 たしかに、それを聞いていなかった。

「そうだなぁ。何をそんなに伝えたかったんだ?」


「チョコチップクッキー」


 …………ん?


「だから、チョコチップクッキー」


 ……というと?


「チョコチップクッキー食べたかったの!」


「それが、伝えたかったのか?」

「そう! あと最近はメロンパンも!」

「そんなこと……」

「そんなことじゃない! 大事なこと!」

「悪い……。なんでまた……」

「だってSがさ、あたしの前で食べてたの! すっごい幸せそうに! いい匂いしてたの! あたし食べ物って食べたことないから……食べてみたくて……。人間ってズルいでしょ? そんな幸せなものを食べられるんだから。“おいしい”って感覚知りたかったの! でさ、Sの中に入ってる時だったら食べられるでしょ? だから⸻」


 …………。


 …………。


 …………。



  ⸻今食べられるじゃん……



  “チリリン” …………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る