—O市Y 洋食店での件—
ん〜〜
ん〜〜
ん〜〜
さすがMちゃん。これはすぐにでもお嫁に行ける。
「これなんて料理〜?」
「んー? 知らない。ありあわせパスタ」
ぅわぉ。
私がありあわせなんてしたら豪快爆弾丼直行よ。
口いっぱいにMちゃん特製絶品パスタを頬張ったとき、Mちゃんのパソコンが光った。
“お仕事”の依頼だったようなので、Mちゃんに知らせる。
「……え?」
何言ってるかわからなかったらしい。ごめん。
口の中をある程度喋れる状態にし、伝える。
「あー! 見てもらっていい?」
喜んで。
メールを開くと、短い依頼文が表示された。
はじめまして。
洋食屋を営んでおりますが、最近、
食材が勝手に動くなどして困っております。
申し訳ありませんが、ご対応いただけると
幸いです。
その下に住所、店名、依頼者名が記されていた。
「ポルターガイスト?」
いつの間にやら隣に来ていたMちゃんが、温かいお茶を飲みながら言った。
「かな。行ってみよっか」
おっけー、とMちゃんが早速返信を打ち込み、日程の調整へと入った。
翌日。
記された住所へ向かうと、そこには個人経営であろう小洒落た洋食店があった。
静けさのある外観とは裏腹に、店内からはとても活きのいい怒号が聞こえてきた。
「バカヤロー! そんなもん食えるか!」
「ホンッットにオメェは何もわかってねェヤツだな!」
「お前こそなんにもわかってねぇだろうが!」
「だいたいオメェなんかに⸻」
一体何のケンカをしているのかと耳を傾けていると、店から客と思しき男女が逃げるように外へと出てきた。事情を聞く間もなく立ち去った男女の顔は、どこか青ざめているような感じがした。
とりあえず入ってみよう、と、なおも怒号の続く店内へ、私とMちゃんは入っていった。
しかし予想に反し、店内には誰もいなかった。
床に転がる食材。
なるほど⸻
妙にリアルに聞こえたので気がつかなかったが、あの怒号の主こそが、今回の悩みの種だったのだ。
「あぁ、いらっしゃいませ」
奥から出てきた男性⸻おそらく、依頼主であるUさんだろう。なんだかぐったりしている。
「すぐ片付けますので、こちらへどうぞ」
あ、いえ、と案内を断る。
「依頼を受けて伺ったのですが⸻」
「あ……!」
途端、喜んでいるのか悲しんでいるのかよくわからない表情になった。
「ありがとうございます……! 見てくださいよコレ! もうメチャクチャですよ……」
ウィンナーにベーコン、ウィンナーに……ベーコン。
ウィンナーに…………ウィンナーとベーコンばかり転がっている。
「営業中だろうがなんだろうがおかまいナシですよ。おかげでお客さんは離れていっちゃって……」
それはたしかにあんな表情になるわけだ。
「んー……。食材が勝手に動く上、怒号が飛び交うと……」
「怒号?」
?
そうか、あの怒号は聞こえていなかったのか。
「あ、いえ。では早速調査に取り掛かっても⸻」
その時、再び怒号が聞こえ始めた。
「だからオメェは」
「なんだその言い方は! そもそも⸻」
姿を現した声の主は⸻おじさん……。二人のおじさんだ。
「散々言ってんだろ! なんでわかんねぇんだ!」
「オメェの方こそなんでわかんねェんだ!」
「だから俺は⸻」
こちらに気づいた。
「なんだ、あんたら」
「はじめまして。こちらのご主人から⸻」
と、そのご主人が呆気に取られた表情でこちらを見ている。
そうだ、見えてないんだった。
「申し訳ないです。ちょっと待っててください」
おじさん達に断りを入れ、Uさんに向き直る。
「今、ご本人さま方がいらっしゃってますので、少々お待ちください」
はぁ……と未だ呆気に取られているUさんには申し訳ないが置いておき、おじさん達に視線を戻す。
「お待たせしました。こちらのご主人からご依頼を受けまして」
「ご依頼? 何の」
「あなた方が散らかしているであろう、ウィンナーとベーコンについてです」
何か違う気はしたが、この際なんでもいいだろう。
「ん? あぁ。そりゃコイツがワケのわかんねェこと言うからいけねェンだ」
「何がわけわかんねぇんだ。それはこっちのセリフだって言ってんだろ」
「なーにおゥッ!」
「ちょっと待ってください」
なんでこうすぐにケンカをするのか。
「まず状況を聞かせてください。そもそも何でケンカしてるんですか」
「そんなもン、コイツが⸻」
「ワケのわかんねェこと云々はナシですよ」
うっ、と黙ると、もう一人のおじさんが言った。
「ナポリタンですよ」
……ナポリタン?
「……と、言いますと?」
「あなた、ナポリタンの具は何を入れますか」
……お恥ずかしながらナポリタンは作ったことがない。
「よく聞くのは……玉ねぎ、ピーマン、ウィンナーあたり……ですか」
「ホーラ見ろ! やっぱりウィンナーなんだよ!」
「うるせぇ! お前は黙ってろ!」
「もしかして……」
Mちゃんが言った。
「ナポリタンの具材はウィンナーかベーコンかってケンカですか?」
そうだよ!と声が揃う。
なるほど、それでウィンナーとベーコンばかり……。
「Uさん、このお店、ナポリタンってありますか?」
Mちゃんの問いに、Uさんはまたも呆気に取られた。
「うちはやってませんけど……」
外野がやんやと騒ぎ立てる。
「自宅でなら妻が」
外野がウィンナーだベーコンだと騒ぎまくる。
耳を押さえながらわずかに顔を顰め、Mちゃんが聞いた。
「具材は」
ハムです。
二日後、Uさんから連絡があり、すっかり怪現象はなくなったとのこと。お礼にコース料理をごちそうしていただけるようなので、早速Mちゃんとともに伺った。
「いやぁ、ホントに助かりました。パッタリなくなりましたよ」
そう語るUさんの表情は清々しく、晴れやかだった。
まったく、Mちゃんアッパレだ。
結局あの後、おじさん達がハムに意表を突かれたところをMちゃんが、ナポリタンの魅力である素朴さ、庶民派さ、あの頃っぽさを説き、ナポリタンの自由について捲し立てたところ、自らの所業を恥じ、あっという間に消え去ってしまった。
他人の好みをとやかく言う必要もないし、己の好みを他人に押しつける必要もない。
ゆったり運ばれてくるコース料理に舌鼓を打ちながら、穏やかな心持ちで、Mちゃんに聞いた。
「ナポリタンの具、どれが好き?」
私、ナポリタン好きじゃない。
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