第2話 英雄

 漆黒の髪、サファイアと見紛う碧眼の少年。

 その男、英雄にあらず。


 美しく輝く金髪、ルビーと見紛う赤眼の青年。

 その男、勇者にあらず。


 二人が出会うのは、少し先のこと。


 ウィリアム・グランベルクが冒険者になり二週間後。彼は一つの依頼を受けた。

『山に住み着いてしまった九頭毒蛇ポイズン・ヒュドラの討伐。』


 本来はAやSランクの冒険者がパーティーで挑む高難易度依頼。

 Dランクのウィリアムが引き受けるべきものではない。しかし、彼がやらなければならなかった。

 その街には、Cランク以上の冒険者がいなかったのだから。


 当然と言えば当然で、冒険者とは富と名声を求める者。より高いレベルの街に繰り出すのは至極真っ当なことだった。


 だが、この時ばかりは話が違う。


 今、戦えるものはいない。


 今討伐しなければ、街が大きな被害を受けるだろう。そして多くの人が死ぬだろう。


 なら、少年がやるべきことは決まっていた。そう、最初から。


 まるで大きな力によって曲げられるように、世界は物語となる。


「僕が行きます」


 その言葉に、皆が震えた。

 自分たちが恐れ、言えなかった言葉を発した少年に。新時代の英雄に。


 誰かが言った。


 人か、魔王か、モンスターか、妖精か……或いは、神々か。


『世界は英雄を求めている』、と。


 それを、少年は否定する。


 英雄とは求められていいものではない。英雄とは所詮、力を振るう殺戮者だ。

 たとえどれだけ美化されようとも、その事実だけは変わらない。だから。


 少年は、違う英雄になろうとする。


『キミだけの英雄になりたい』


 そう、誰か一人の為に命を投げ打つ覚悟。それこそ、英雄ならざる英雄の資格。

 手を差し伸べるちっぽけな勇気。

 きっと全ての人が、誰かにとっての英雄なのだ。


 そう、胸を張って信じられるように。


 少年は、強敵・九頭毒蛇ポイズンヒュドラへと挑む!


 これは英雄譚の序章、そのエピローグ!


 この時、少年は英雄となる!



 ――――――



「ウィル……本当に、行くの?」


「うん、僕がやるしかないから!」


 麗しき少女の問いに、少年は笑って答える。

 常人なら恐怖で震えそうになる状況で、ヒュドラ討伐の前日……少年は親しき女子とと話していた。


 能天気とも思える少年とは対照的に、少女は声を震わせる。


「なんでっ……なんでそんなに笑えるの! 死ぬかもしれないんだよ⁉ オークとはワケが違うって、あなたも分かって――――――」


「分かってるよ」


 少年の笑顔が消える。

 年齢とはおよそ似合わない真剣な眼差しを見せ、語りだす。


「分かってるんだ……死ぬかもしれない。でも、負けることはないって」


「えっ……?」


 少女には意味が分からなかった。死ぬかもしれないけど負けない、一見矛盾しているように聞こえるが――――――。


「ヒュドラは、相打ちになってでも僕が倒す」


 ウィリアム・グランベルクは死ぬ覚悟を決めていた。ただ、一人のために。


「な、なんで……この街に来て一年も経ってないでしょ、そんな場所の為に、なんで命を犠牲にしてまで!」


「僕に、居場所をくれたから」


 ただ短く答えた。


「……家族のいない僕を受け入れてくれた。なら、僕がやることは唯一つ。この場所は、命を賭けて守り抜く!」


 少年を動かすのは、英雄願望と使命感。


 無尽蔵の力が湧く希望の意思だった。

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