異世界サンタ・リム〜ニートだった俺がサンタに拾われて、世界の運命を操ることになりました〜

Candy@Lewy.c0m

プロローグ

 どうしてこうなった?


 そんな言葉ばかりが俺の脳内を反芻し、麻痺させる。

 そうして命令系統が機能しなくなった体は、刻一刻と破滅へ向かっていた。


「く、来るな! こっちに来るなッ!!」


 夜空の下、轟々と吹き荒れる寒風の音にかき消されないよう、俺は声を張り上げた。

 場所は、都会の中にひっそりと佇む、古びた十五階建てのマンション──その屋上である。

 屋上の端へ追い詰められた俺の背後には無量の空中が広がり、地上のパトカーのサイレンが風に乗って耳へ届いた。

 そして前方には、さぞかし真っ当に生きてきたであろう公僕──警察が五人程、俺と対峙していた。

 彼らの手には拳銃が握られているものの、その銃口は真下へ向けられ、待機姿勢をとっている。

 ……彼らの武装行為は正当だ。

 なにせ、警察と対峙している俺もサバイバルナイフで武装しており──更には人質まで取っているのだから。


「も、もう観念しろよ。こんな事をしたって、何にもならないだろう……うぅっ」


 俺の左腕によってガッチリと首をロックされているスーツ姿の男が、そんな風に呻いた。

 ──黙れ。その程度のことは、お前みたいなクズに言われなくても分かってんだよ。

 俺は右手に握っていたナイフの刃先を男の首にあてがって脅し、無理やりその口を閉じさせた。


「お願いやめてっ! 彼を殺さないで!」


 警察の後ろから、若い女が半狂乱気味に叫んだ。

 男の交際相手だろうか。……かなり美人だ。

 良いなぁ、コイツは。俺の人生を滅茶苦茶にしておきながら、自分はぬくぬくと幸せに生きてやがる。

 ふざけるな。

 そんな事を考えているうちに、俺の中の「どうしてこうなった」は、段々と憎悪に置き換わっていった。


「おい! 車を用意しろ! さ、さもなくば──コイツと一緒に、ここから飛び降りるッ!」


 俺が警察に向かってそう言うと、五人の警察のうち一人が、無線を使って仲間に指示を飛ばし始めた。

 すまないな、こんな事に付き合わせちまって。──だが、俺はコイツの為に死んでやるつもりはないし、こんなクズを殺した程度で牢屋にぶち込まれたくはない。

 とりあえずこの場を逃げ延びて、それからコイツを痛めつけてから殺して、その後は──まぁ、その時考えよう。

 今の俺の心情は、以前にコイツから与えられた屈辱を百倍にして返してやりたいという、その一心だった。


 それから警察との膠着状態は、十五分くらい続いただろうか。その間、何度も説得を試みられたが、俺は彼らの話には最後まで耳を貸さなかった。

 そしてついに車の用意ができたらしく、五人の警官は、おずおずと屋上出入り口への道を開けたのである。


「……よ、よし。行くぞ。殺されたくなければ大人しく歩け」


 俺は男の耳元で囁いてから、ゆっくりと歩みを進める。

 その最中──男の視線は、交際相手の女へ向けられていた。

 女は、警察になだめられながら、わんわんと泣きじゃくっている。


 ……俺は後悔なんかしない。

 だって全ては、この男が悪いのだ。

 コイツが学生の頃に、俺を不登校になるまでイジメまくったせいで今がある。

 つまり、女を間接的に泣かせているのはこの男なのだ。

 だから俺は悪くない。悪い訳が無い。


 ──しかし、そんな俺の考えは、男がたった一言呟いただけであっさりと灰燼に帰したのである。


「…………紗奈さな


 男は、確かに女の方を見ながらそう呟いたのである。恐らくそれが、彼女の名前なのだろう。

 そして──奇しくもその名は、俺の初恋相手の名前と完全に一致していた。

 紗奈。

 俺がいじめられていた頃、唯一俺に優しくしてくれていた女の子。

 告白する勇気が出なくて、結局片思いに終わった恋である。


「あ……あぁ……」


 俺は女の顔を見て、思わずたじろいでしまった。

 彼女の顔は、涙のせいで腫れぼったくなってしまっているけれど、確かに昔の面影を残していたのだ。


 ……なんだよ。そんなのって、アリかよ。


 そんな風に放心状態になってしまった俺の隙を、男は見逃さなかった。


「おらあああああああッ!!」


 男が突然雄叫びを上げたかと思えば、彼は緩まった俺の拘束から逃れ、力任せに俺を突き飛ばしたのである。


 ──そうして俺は、マンションの屋上から落下した。


 視界が、上下左右にぐるぐると回転する。

 その頃の俺の内心と言えば、先程とはまるで真逆になっていた。

 ……俺が悪いのか。

 この世で一番泣かせたくなかった筈の女の子を、泣かせてしまった。

 結局、俺はこうして、いつまでも落ちこぼれ街道を歩んでいく運命にあるのだ。

 であれば俺は、その事実をもっと早い段階でしっかりと受け止めて、身の丈にあった生き方をしていれば良かったのだろうか。

 ──粋がったことをせずに、流されていくだけの人生を歩んでいれば、こんな絶望を味わうことも無かったのかもしれない。


 あぁ、チクショウ。まじで悔しい。

 もっと上手に、生きたかったなぁ……。

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