SCENE#87 Whispers of the Wind: A Summer Overture
魚住 陸
Whispers of the Wind: A Summer Overture
第一章:緑の序奏
新緑が目に眩しい初夏の朝、八神学園高校の吹奏楽部部室は、いつもの賑わいに満ちていた。チューニングの細やかな音、トロンボーンの低い響き、フルートの軽やかな旋律、そして時折漏れる部員たちの笑い声が混ざり合い、独特の活気を生み出している。部室に漂うのは、楽器の油と汗が混じった、どこか懐かしいような匂いだった。窓から差し込む朝日は、練習に励む先輩たちの楽器をキラキラと輝かせている。
真新しい楽器ケースを抱えた、高校一年生の風間 蒼(かざま あおい)は、部室の前に立ち、大きく深呼吸をした。小学校から続けてきたトランペット。中学では地元の小さな部活で細々と続けていたが、高校では本格的に打ち込みたいと八神学園を選んだ。この学校の吹奏楽部は、県内でも指折りの強豪校として知られている。期待と少しばかりの不安が胸の奥でせめぎ合っていた。
「入っていいですか…?」
ぎこちなく扉を開けると、そこは想像以上の熱気に包まれていた。先輩たちがそれぞれの楽器を奏で、その音の厚みに蒼は圧倒された。「すごい…!」思わず声が漏れた。まるで、一つの大きな生き物が呼吸しているかのような、力強い響きだった。
「お、新入生?いらっしゃい!」
明るい声が響き、クラリネットパートの小倉 莉子(おぐら りこ)が笑顔で駆け寄ってきた。
「私、小倉莉子!クラリネット!よろしくね!」莉子は蒼と同じ新入生で、隣の中学校出身だった。「風間蒼です。トランペットです!どうぞ、よろしく!」彼女の明るさに、蒼は少しだけ緊張が和らぐのを感じた。
自己紹介を済ませ、顧問の田中先生に案内されてトランペットパートの先輩たちに挨拶をする。そこで蒼の視線は、一人の先輩に釘付けになった。それは、トランペットパートの高橋 祐希(たかはし ゆうき)。彼の音は、部室の活気の中でもひときわ輝きを放っていた。力強く、それでいて伸びやかな、澄んだ音色。まるで、彼の音だけが、陽光を浴びてきらめいているかのようだった。部長という立場もあってか、周囲を自然と惹きつけるような、涼しげな横顔と、真剣な眼差し。祐希は、蒼の自己紹介を聞くと、優しく微笑んで言った。
「ようこそ、八神学園吹奏楽部へ。俺は高橋祐希。部長です。八神学園の吹奏楽部は、基礎を大事にしています。大変なこともあると思うけど、一緒に良い音楽を奏でていきましょう!」
その言葉と、彼のどこまでも真っ直ぐな瞳が、蒼の胸に小さな波紋を広げた。彼の音のように、強く、そして清らかに、蒼の心に響いた。
その日から、蒼の吹奏楽部での日々が始まった。祐希先輩の音に憧れ、彼のように吹きたいと強く願う。練習中、祐希先輩の音を耳で追い、その響きに自分の音を重ねようと必死になった。莉子をはじめとする個性豊かな同級生たちと笑い合い、時には互いのぎこちない音に顔を見合わせて笑った。
「蒼のトランペット、すごく真面目な音がするね!」と莉子が言ってくれた。まだぎこちないけれど、これから始まるであろう青春の日々への期待に胸を膨らませながら、蒼は自分のトランペットケースを、部室の片隅にそっと置いた。初夏の陽光が差し込む部室で、蒼はこれから吹くであろう「明日吹く風」の予感を感じていた。そして、その風には、ささやかな憧れのきらめきが混じり始めていた。
第二章:雨上がりの旋律
梅雨入りを迎え、八神学園の校舎を包む空気は、じめじめと重苦しくなった。部室の中も、湿気で楽器がべたつくように感じられる。吹奏楽部の練習にも、どこか淀んだ空気が漂っている。夏のコンクールに向けた課題曲の練習は、なかなか思うように進まず、部員たちの間にも焦りが見え始めていた。特に、技術的に難しいとされる中間部のフレーズで、何度も演奏が止まってしまう。
「あー、まただ!なんでここで揃わないんだよ!」
「もう少し音量抑えてって言っただろ!なんで聞いてないんだよ!」
苛立ちの声が飛び交い、部員たちの間に不協和音が生じ始めていた。その日の合奏は、どこか音がバラバラで、まるで心が響き合っていないかのようだった。それぞれの音が、自分勝手に主張し合っているようで、耳に痛い不協和音が響く。パート間の意見の衝突や、個人練習に対する意識のずれなど、小さな摩擦が積み重なっていたのだ。
蒼も、パートリーダーである3年生の先輩と、楽曲解釈について意見が対立することがあった。
「先輩、ここはもう少し柔らかい音の方が、曲の雰囲気に合うと思うんですが…」
「いや、ここは力強く吹いて、コントラストを出すべきなんだよ。去年の反省点でもあるんだ。お前はまだ一年生だから分からないかもしれないけど…」
どうすればうまく自分の考えを伝えられるのか、蒼は悩んでいた。特に、祐希先輩がそのやり取りをどう見ているのかが気になって、余計に言葉が出なかった。隣で黙々とソロ練習をしている祐希の姿を横目で追いながら、蒼は唇を噛んだ。彼の音は、どんな時も揺るぎなく、蒼の心に響く。
ある雨の日、部室の隅で一人、黙々と自主練習に励むサックスパートで同じ1年生の、木村 翔太(きむら しょうた)の姿が蒼の目に留まった。翔太は、入部当初からひたむきに練習に取り組んでいるが、なかなか周りの部員たちに馴染めずにいるようだった。彼のサックスの音は、とても繊細で、雨の音に消えてしまいそうなくらい静かだった。
その日の部活の帰り道、降りしきる雨の中、蒼は傘を差し出しながら翔太に話しかけた。
「木村くん、もしよかったら、一緒に帰らない?」
少し驚いた表情を見せたものの、翔太は遠慮がちに頷いた。
「い、いいの…?」
「もちろん!私も今日、ちょっと疲れちゃったから、誰かと話したい気分でさ…」
帰り道、蒼は翔太のサックスに対する熱意や、練習で感じていることなどを聞いた。
「サックスの音、すごく綺麗だね。木村くんの音、好きだな。なんか、木村くんの性格が音に出てるみたい…」
翔太は少し顔を赤らめ、「あ、ありがとう。でも、まだ全然…。先輩たちの音にはかないません。特に、高橋部長のトランペットは…、すごいですよね。あの音を聴くと、僕なんか、まだまだだって…」
訥々としながらも、真剣に言葉を選んだ。
「風間さん、トランペット、すごく上手ですね。特に、高橋部長の音と一緒の時、すごく合ってるなって…」
蒼はドキリとした。「そ、そうかな…?でも、私も先輩と意見がぶつかることがあって悩んでるんだ。どうすればいいのか分からなくてね…」
翔太は少し考えて、「僕も、自分の意見を言うのが苦手です…でも、みんなで良い音楽を作るためですもんね。言いたいことを伝えるのって、難しいけど、大事ですよね。僕も、もう少し頑張って、自分の音をしっかり出せるようになりたいです…」と呟いた。
蒼は、祐希先輩への憧れと、自分の未熟さの間で揺れる気持ちも、少しだけ翔太に打ち明けられて嬉しかった。翔太が静かに耳を傾けてくれたから。
雨上がりの空には、うっすらと虹がかかっていた。部室の蒸し暑い空気とは対照的に、外の風はひんやりと心地よい。蒼は、それぞれの音色が重なり合って一つの音楽を奏でるように、部員一人ひとりの思いもまた、尊重し合いながら高めていくことが大切なのではないかと感じ始めていた。そして、祐希先輩の隣で、いつか胸を張って演奏できるようになりたい、という思いが、蒼の心の中でより鮮明になっていった。
第三章:木漏れ日の葛藤
梅雨が明け、ギラギラと強い日差しが照りつけるようになった。コンクールまで残り一ヶ月。吹奏楽部の練習にも熱が入る一方で、長時間の合奏や個人練習で、部員たちの疲労もピークに達していた。部室の熱気は、まるで真夏の体育館のようだった。汗が額から流れ落ち、楽器も熱を帯びていた。
トランペットパートでは、コンクールのソロパートを担当するメンバーを決めるオーディションが行われた。蒼も立候補したが、結果は祐希先輩に決まった。彼の力強くも繊細な、伸びやかな音色には、やはり誰も敵わない。「高橋、お前だ。頼んだぞ!」田中先生の言葉に、祐希先輩は力強く頷いた。
少し悔しい気持ちもあったけれど、先輩の演奏を聴いて、素直に納得できた。
「祐希先輩のトランペット、本当にすごいです。迫力もあって、でも繊細で…私も、精一杯支えます!先輩の音を、最高に輝かせたいです!」
祐希はにこやかに言った。「ありがとう、風間!お前がいると心強いよ。頼りにしてる。お前の音は、俺のソロをしっかり支えてくれる。安心して吹けるよ!」
その言葉に、蒼の心は温かくなった。それ以上に、パートとして最高の演奏をするために、自分にできることを精一杯やろうと気持ちを切り替えた。祐希先輩が時折見せる真剣な眼差しや、難しいフレーズを完璧に吹きこなす姿を見るたびに、蒼の憧れは深まっていった。彼の音色は、まるで夕焼けのように優しく、でも力強く、蒼の胸の奥に直接語りかけてくるようだった。いつか私も、そんな風に、自分の心を音に乗せて届けたい。
しかし、そんな前向きな気持ちとは裏腹に、練習中に集中力が途切れてしまうことが増えていた。完璧に演奏しなければというプレッシャーや、思うように技術が向上しない焦りから、練習に身が入らないのだ。特に、祐希先輩の期待に応えたいという思いが、かえって蒼をがんじがらめにしていた。
「この音で本当に先輩のソロを支えられるのかな…。」蒼は練習中、何度もそう考えてしまう。ある日、些細なミスを連発してしまい、パート練習の空気が重くなった。「風間、音が乱れてるぞ!集中しろ!」パートリーダーの先輩に厳しく言われ、蒼は俯いた。
ある日、練習が終わった後、一人で楽器を片付けていると、顧問の田中先生が声をかけてきた。
「風間、少し話せるか?」
「はい…」
「最近、少し元気がないように見えるが、何かあったのか?無理をしていないか?」
「いえ…、その、ちょっと焦っちゃってて。もっと上手くならなきゃって思うと、指が動かなくて…先輩たちの足を引っ張ってるんじゃないかって…」
田中先生は優しい眼差しで蒼を見つめた。
「そうか。頑張りすぎているんじゃないか?時には立ち止まって、深呼吸することも大切だ。焦る気持ちも分かるが、お前の音は、真面目で素直で、とても良い音だ。自信を持て!お前はまだ一年生だ。伸びしろはいくらでもある。焦るな!」先生の言葉が、蒼の心にじんわりと染み渡った。
その日の夕方、蒼は一人で学校の裏庭にある木陰に座っていた。木漏れ日がキラキラと地面に散らばり、蝉の声が響いている。ふと見上げると、高く伸びた木々の葉が、風に揺らめいていた。自分もあの葉のように、時には流れに身を任せ、力を抜いてもいいのかもしれない。祐希先輩の背中ばかりを追うのではなく、今の自分にできることに目を向けよう。焦らず、一歩ずつ。そう思うと、少しだけ心が軽くなった。
蒼は、改めて楽譜を開いた。祐希先輩のソロパートを、想像の中で何度も奏でてみる。一つ一つの音符に込められた作曲家の思い、そして自分たちが奏でる音楽が、誰かの心に届くことの喜び。そんな大切なことを思い出すうちに、焦りや不安が少しずつ薄れていくのを感じた。そして、祐希先輩が奏でるソロの音色を、自分が一番近くで、最高の音で支えるのだという新たな決意が、蒼の胸に芽生えた。
第四章:夕焼け色の決意
コンクール本番まであと二週間。八神学園吹奏楽部の練習は、最後の追い込みに入っていた。各パートの技術も向上し、合奏練習では、課題曲全体を通しての完成度が着実に高まっていた。部室は、連日の練習で熱気がこもっていたが、全員の集中力は最高潮に達していた。
「今のテンポ、少し速かったんじゃないか?もっと落ち着いて!」
「いや、あれくらいで合ってるだろ!」
「あー、もう!」
しかし、本番に向けての緊張感からか、部員たちの間に再びピリピリとした空気が流れ始めていた。些細なことで言い争いが起こったり、ミスをした部員を責めるような言葉が聞こえたりすることもあった。その日の合奏は、再び音がバラバラになってしまい、耳に痛い不協和音が響き渡った。
そんな状況を憂慮した部長の祐希は、合奏を止め、部員全員を集めてミーティングを開いた。
「みんな、聞いてくれ!」彼の声が響き、部室が静まり返る。
「ここまでみんなで頑張ってきた。確かに、焦りや不安もあるだろう。俺も、正直不安がないわけじゃない。でも、俺たちが目指すのは、最高の音楽を奏でることだ。そのためには、技術だけじゃない。お互いを信頼し、支え合う気持ちが一番大切なんじゃないか?隣のやつが失敗しても、カバーできるのは、仲間しかいない。俺たちは、一人じゃない。このメンバーで、この音で、全国に行きたいんだ。みんなの思いを一つにすれば、きっとできる。だから、もう一度心を一つにしよう!」
祐希の言葉は、部員たちの心に深く響いた。彼の真っ直ぐな言葉と、真剣な眼差しに、蒼は改めて彼の存在の大きさを感じた。それぞれが自分の行動を振り返り、仲間への思いやりを取り戻していった。誰もが、もう一度、彼の言葉に導かれるように、前を向き始めた。その日の最後の合奏は、見違えるように音がまとまり、美しいハーモニーが響き渡った。
ミーティングの後、蒼は莉子と一緒に、学校の屋上に行った。茜色の夕焼けが空一面に広がり、街の景色を優しく包んでいる。風が少しだけ強く、心地よかった。
「いよいよだね!」と莉子がしみじみと言った。
「ここまで本当に色々あったけど、みんなで乗り越えてきたね。特に、祐希先輩の言葉、すごく心に響いた。さすが部長って感じ!あの時、ちょっと泣きそうになったもんね…」
莉子の言葉に、蒼はそっと頷いた。
「うん。私も、先輩たちの演奏を、一番近くで支えたい。コンクールで最高の演奏をしたい。そして、みんなで、全国に行きたい…」
莉子は蒼の顔を覗き込んだ。
「もしかして、もしかしてさ…祐希先輩のこと、好きでしょ?」
蒼は慌てて顔を赤らめた。
「な、何を言ってるの!バカじゃないの!そういうわけじゃ…!」
莉子はニヤリと笑った。
「顔に出てるよ〜。蒼、分かりやすい〜でも、私、分かる気がする。祐希先輩、頼りになるし、かっこいいもんね!」
蒼は何も言えなかったが、莉子がからかうような口調で言ってくれたことに、少しだけ救われた気がした。夕焼け空の下、二人は静かに決意を新たにした。自分たちの音を信じ、仲間を信じ、そして何よりも、音楽を心から楽しむこと。それが、最高の演奏をするための、そして最高の夏にするための鍵だと感じていた。蒼の心の中には、祐希先輩への淡い憧れが、夕焼け色に染まる空のように、じんわりと広がり続けていた。
第五章:明日吹く風
ついに、コンクール当日がやってきた。八神学園高校吹奏楽部の部員たちは、緊張と興奮が入り混じる中、会場へと向かった。会場の空気は、これまで練習してきた部室とはまるで違った。張り詰めた緊張感が、肌に刺さるようだった。ライバル校である東条高校の演奏が終わり、その圧倒的な音圧に、部員たちの間に動揺が走っていた。
「すごい音だったね…」
「あれに勝てるかな…」
廊下には、控え室から聞こえてくる他の学校の素晴らしい音色が響いている。舞台袖で音の最終確認をする部員たちの表情は、真剣そのものだった。田中先生からは、「みんな、練習は十分してきた。自分たちのやってきたことを信じて、心を込めて演奏するように。楽しんで!」という言葉が送られた。
祐希先輩が、一人ひとりに声をかけている。「大丈夫、自信持って!」「最高の音出そうぜ!」「風間も、落ち着いてな。お前の音、頼りにしてるからな!」蒼は、祐希先輩と視線が合い、小さく頷いた。「はい、頑張ります!」その瞬間、彼の笑顔が、蒼の緊張をふっと解き放ってくれた。
そして、いよいよ八神学園高校の出番が来た。舞台へと進む部員たちの足取りは、力強い。楽器を構え、指揮者の合図を待つ間、会場の静けさが一層際立つ。照明が眩しい。客席の顔は見えないけれど、多くの人が見守っているのがわかる。蒼は、隣に立つ祐希先輩の横顔を見つめた。
タクトが振り下ろされ、演奏が始まった。課題曲の序奏が、緊張感とともに会場全体に広がっていく。蒼は、深呼吸をして、自分の音に集中した。隣には祐希先輩がいる。彼の力強い音色が、蒼の演奏をしっかりと支えてくれる。まるで、祐希先輩の音に引っ張られるように、蒼のトランペットも伸びやかな音を奏でる。仲間たちの音を聴きながら、心を一つにして音楽を奏でる喜びが、全身を包み込む。この最高の瞬間にいられることが、何よりも幸せだった。翔太のサックスも、以前よりも力強く、しかし繊細な音色を響かせている。彼の音は、自信に満ちていた。
難しいフレーズも、練習の成果を発揮して乗り切ることができた。祐希先輩のソロパートは、会場を魅了するような、深く美しい音色を響かせた。彼の音は、まるで語りかけるように、聴く者の心に染み渡っていく。蒼は、その音色を一番近くで聴きながら、思わず胸が熱くなった。涙が出そうになるのをぐっとこらえ、その音を支えるように、自分の音を重ねた。それぞれのパートが、それぞれの役割をしっかりと果たし、音楽は高まりを見せていく。一つ一つの音が、夏の青い空に吸い込まれていくように。
そして、ついに最後の音が響き渡った。演奏が終わった瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。「やった…!」部員たちの顔には、安堵と達成感が入り混じった笑顔が溢れていた。互いに顔を見合わせ、目と目で喜びを分かち合った。
結果発表までの間、部員たちは互いに健闘を称え合った。
「莉子、お疲れ様!最高の演奏だったよ!あのソロ、すごく良かった!」
「蒼も!あのソロの後のハーモニー、鳥肌立ったよ!完璧だった!」
「翔太のサックス、すごく良かったよ!」
莉子が翔太の肩を叩く。翔太は少し照れながらも、「ありがとう!」と嬉しそうに答えた。 そして、結果発表。会場に響き渡ったのは、田中先生の興奮した声だった。
「八神学園高校、金賞だ!全国大会出場だぞ!」
「うおおおおおおお!」喜びを爆発させる部員たちの中で、蒼は莉子と固く抱き合った。
「やったね!莉子!本当に嬉しい!夢みたい!」
その喜びの中で、蒼は祐希先輩のほうを見た。祐希先輩も、満面の笑みでこちらを見ている。祐希が駆け寄ってきて、蒼の肩をポンと叩いた。
「風間!よく頑張ったな!最高の音だったぞ!お前がいてくれて、本当によかった。ありがとう!」彼の言葉に、蒼の胸には、コンクールの成功以上の、温かい感情が満ち溢れた。「ありがとうございます!祐希先輩のソロ、本当に素敵でした!」祐希は少し照れたように笑った。
会場の外に出ると、夏の爽やかな風が吹いていた。頬を撫でる風は、汗をかいた肌に心地よく、まるで八神学園吹奏楽部の努力を称えるようだった。それは、努力を重ねてきた部員たちの背中を優しく押してくれるような、希望に満ちた風だった。
ここから、秋の全国大会に向けて、八神学園吹奏楽部の新たな挑戦が始まる。祐希は、蒼の隣に立ち、遠くの空を見上げた。
「全国、もっと大変になるぞ。でも、このメンバーなら、きっとできる!」
蒼は頷いた。
「はい!もっと頑張ります!今度は、祐希先輩のソロを、もっと最高の形で支えられるように…私も全国の舞台で、自分の音を響かせたいです!」
蒼の心には、この夏生まれたほのかな恋心も、トランペットへの新たな情熱とともに、未来へと向かって吹き抜けていくのを感じていた。祐希先輩の隣で、もっと成長したいと思った。そして、いつか、自分の音で、彼に想いを伝えられる日が来ることを願って…
SCENE#87 Whispers of the Wind: A Summer Overture 魚住 陸 @mako1122
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます