第40話 待ち合わせ
結婚式の翌日の夜、早苗からメールが届いた。
サカ☆カササギ[この間はありがとう。結婚式はどうだった? 忙しいと思ってメールを遠慮してたのもあるんだけど、あれからモラハラについて考えてたんだ。EMAさんからは前にも指摘してもらってたけど、そのときはまさかと思って信じられなかったんだ。でもね──」
そう始まったメールには、両親と自分たち夫婦とを比較して、その関係性の違いに気がついたということが書かれていた。
早苗の母は専業主婦ではなかったが、父がいる日でも好きなように友人と出かけていたり、衝動買いをしたと言って、断りもなく洋服や早苗におもちゃを買ってきていたらしい。
父は智也と違って、家事を任せきりにはせず、当然のように進んで行い、二人で役割分担をしていたそうだ。休日は三食とも父が料理をしていたし、水回りの掃除は母にやらせないほどだったという。
そんな両親を見ていて、早苗も自然と家事をするようになったらしい。自分の分の食器洗いや洗濯物の片付けはもちろん、気がつけば掃除もしていたし、交代で料理をしていた。それはするように命じられた義務ではなく、家族の一員として積極的にしていたことだと言う。
早苗は、自分たち夫婦とまるで違うと気がついた。それまでは両親を親という目でしか見ておらず、自分たちと同じ夫婦だと認識していなかった。改めて考えて、その違いに驚いたのだと言う。
さらに、実はと言って、以前から智也が浮気をしていたことも打ち明けられた。
不倫相手との逢瀬を目撃したことに始まり、毎晩帰宅が遅いことや、夕食後に出かけて朝帰りをすること、早苗の給料で旅行にまで行っていたらしいことを聞いた。
智也はそれを、「早苗が不倫していることを知って、
しかし、モラハラについて考えるようになり、智也の言い分に違和を感じ始めたそうだ。不倫に関しても、証拠こそないものの、早苗と智也とではレベルが違う。それなのに両成敗とするのはおかしいと気づいたらしかった。
早苗は徐々に洗脳から解放されているようだった。自分の目で見て、自分の頭で考えるようになっていた。
数日ほどやりとりを続けているうちに、ますます夫への不信感を強め、再構築を選んだことを後悔し始めていた。
そこで絵麻は、離婚する場合はとアドバイスをし、するなら協力もするからと伝え、それまでの行いを償わせてやろうと発破をかけた。
すると離婚を視野に入れ、傷害に対する刑事告訴はもちろん、不倫とモラハラの証拠集めだけでなく、自身の不貞も晴らしたいと訴え始めた。
それならばもっと具体的に話し合おうとなり、メールでは埒が明かないから、また二人で会おうと約束を取り交わした。
早苗は、万が一盗聴器があったら怖いと言うので、だったらどこかお店でゆっくり話そうとなり、ファミレスで待ち合わせることにした。
サカ☆カササギ[時間差で桐谷さんも誘ってもいい?]
返信を見て驚いた。これはもしかして、レオの言っていた展開になるのではないだろうか。
EMA522[なんで?]
一応問うた。
サカ☆カササギ[話したいと言われまして。電話だと緊張するし、モンパルナスで二人きりなのもどうかと思うし、絵麻さんがいれば安心かなって]
EMA522[なんで桐谷さんは早苗さんと話したいの?]
サカ☆カササギ[コーヒーの淹れ方を教えて欲しいのと、手渡したいものがあるって言われた。影谷さんから、絵麻さんがモンパルナスより美味しかったって聞いて、是非とも再現したいってメールでやりとりしてたんだけど、上手くいかないらしい]
EMA522[そんなの、自分でTikTokとかYoutubeとかで調べりゃいいのに]
サカ☆カササギ[絵麻さんが嫌なら呼ばないよ]
ということは、早苗は呼びたいということだ。どんなやりとりがあったのかはわからないが、ここ二週間で思った以上に距離が近づいたらしい。
早苗が望むなら絵麻が拒否する理由はない。桐谷が会いたいのは絵麻ではなく早苗なのだから。
EMA522[早苗さんがいいならOKだよ。じゃあ、二人で二時間くらい話して、その後に呼び出す?]
サカ☆カササギ[そうしよう。金曜の午後1時ね]
そう約束をして、金曜日の午後1時の10分前には、レオに送り届けてもらった。休暇の身でありながらも宣言通り「絵麻様を送迎するのは私の職務ですので」と誰にも代わりはさせなかった。
「じゃあ、終わったらこっちから連絡を入れるから、おとなしく待機してるのよ。3時になったとしても勝手に来ないでよね」
何度も伝えたが、最後にまた念押しした。
「承知しております。私は桐谷さんと近くのバッティングセンターにおりますから、必要があればいつでも連絡してください」
「バッティングセンター?」
「……野球ってご存知ですか?」
わからず聞いたわけではなく、レオがそんなことをするとは思わず驚いたのだが。
「ていうか桐谷さんって暇なのね。仕事はしてないのかしら」
「法務省の局員だそうですよ」
「は? なんでこんな地方でぷらぷらしてるの?」
「伺っておりません……半月後には東京に戻られるそうですから。何か極秘の業務についておられるのではないでしょうか」
なにやら物々しいが、つまりお偉いさんの面倒を見ているだけっぽい。呼び出しがあるまで暇なのかもしれない。
「へえ」とだけ返して、絵麻は店内に向かった。
こんなふうに他人に興味を持てないところも、至らない部分かもしれない。誰かと親しくしたり、遊び回るといったことが性に合わないのだ。一人で学び、力を高めたり、挑戦することが好きで、つまりは個人主義なのであるが、だからこそ愛情というものを知らないのかもしれない。
そんなことを考えながら、二杯目のコーヒーを口にしていると、いつの間にやら待ち合わせの時刻から15分も過ぎていた。
レオと話し込んだせいで、早めに到着したのに店内に入ったのはギリギリだった。しかし早苗は来ていなかったからと安堵したはずなのに。
1時40分を過ぎた。
スマホを何度も確認した。通知の不備かもしれないとアプリを何度も再起動したが、メールは来ていない。XのDMでしかやり取りをしておらず、電話番号などの他の連絡先はわからない。これまでに必要を感じたことがなかったので、今日会ったときに聞けば良いと判断していた。
午後なのだから寝坊であるはずもなく、徒歩圏内だから乗り物の遅延でもない。智也か義母から緊急の用事を言いつけられたのだろうか。そうだとしてもメールで連絡なりあってもいいはずだ。
心配になりながらも、朋子からメールが届いたため、そちらに意識を向けた。
結婚式で連絡先を交換したあと、すぐにメールを送り、そこからやり取りを続けている。
朋子の抱く疑念の度合いを探りたかったからだが、彼女も同様だったようで、メールをしていたはずが電話になり、いつの間にか自身の悩みを打ち明けていた。
清香の子の父親について、信じたくはないが、自分も疑っていたことを朋子に吐露した。
朋子は絵麻を鼓舞し、離婚するならば協力は惜しまないと言ってくれた。まずは証拠を集めることが肝心だとして、探偵事務所に依頼するべきだと、信用の置ける事務所を紹介までしてくれた。
それならば早苗も誘ってみようと考え、今日はその相談をするつもりでいたのだった。
ふと気づいて再び時計をチェックすると、2時を回っていた。
連絡もなしでの1時間の遅刻。どう解釈すればいいのだろう。友情が終わったのか、もしかしたら事故か何かか、それとも旦那に気づかれて止められたのか。どれでもないようで、どれも有り得そうに思える。
事故であれば待ちぼうけている場合ではない。
それが頭をよぎり少し焦り始め、徒歩圏内なので、自宅へ訪れてみようかと考え始めた。
約束せずに訪問するのは気が引けるが、そもそもその約束に現れないのだから構うまい。
何もなければないで、心配だったからだと説明すればいいと判断し、レオを呼び出すために電話をかけた。
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