第28話 スマホ探し
自宅についた絵麻は、シャワーを浴びたあと、レオに頼んで紅茶を運ばせた。
ようやくゆっくりできると思って、カップを手に取りスマホをお供にしようと見渡したところ、なぜか見当たらない。
バッグやソファの上などを探してみるも、どこにもなかった。
レオを呼んで車の中を探してもらうがそこにもないようだ。
義実家に忘れてきたのだろうか。そう考えてレオに問い合わせてもらったものの、見当たらないという。
義実家へ向かう車内でスマホを見た記憶があった。寄り道はせず真っ直ぐに帰宅したのだから、車内か義実家か、この自宅のどこかにあるはずだ。
レオに一任しようか迷ったが、プライベートな物だからと、自ら出向くことにした。
義実家へ着くと義父が出てきてくれて、自由に探してもらって構わないが、仕事があるので自分は書斎にいるし、妻と娘は自室で休んでいると言われた。絵麻はそれに対して、過失による不躾な訪問を詫びるとともに礼を伝え、邸へ上がらせてもらった。
レオとは二手に分かれて探すことにした。
絵麻は義実家へ訪れたときの記憶を思い返して、自分が歩いたであろう場所を辿っていた。ダイニングにはなく、トイレにもない。もう一度辿り直そうとして、玄関ホールへと戻った。すると、ホールに直結している階段の先から声が聞こえてきた。見渡すも廊下に使用人の影もなく、ひっそりとしている。
好奇心に駆られた絵麻は、探す振りをしながら声のする方へ向かった。訪れた時に階上へは上がっていないため探す必要はないが、誰もそれを知るはずがないのだから、咎められることはないだろう。
階段を登り切る寸前、声の主は義母であることに気づいた。
「また何かあったら、すぐに知らせるのよ」
「ただの悪阻なんだから大丈夫よ。寝るからもう来なくて良いわ」
くぐもってはいるが、ドアが開いているのか、清香の声も聞こえてきた。
「わかってるけど、酷いようなら医者を呼びますからね。何かあったらすぐに声をかけるのよ」
「医者にかかるほどのことじゃないわよ。経験してるくせに大袈裟ね」
「それだけ元気なら安心だわ」
義母の笑い声が聞こえた後、ドアの閉まる音が響き、次に遠ざかる足音が聞こえた。
特に好奇心を満たすものはないようだった。
がっかりとした自分に気づき、何を期待していたのかと反省しながら、スマホ探しへと意識を戻した。
しかし階段に差し掛かかったとき、再びドアの開く音と清澄の声が聞こえたため、そちらに気が向いてしまう。
「清香、辛いなら諦めていいんだよ」
清香の笑う声と同時にドアが閉まり、声は遠のいた。
去りかかっていた絵麻の好奇心が再び盛り返し、足音を立てないように階上の廊下へと戻った。誰かに見られたら言い訳を考えるのに難儀な姿勢だが、身を隠すようにして身体を屈め、ドアに聞き耳を立てた。
「何度も言ってるでしょ。もう堕ろせる時期じゃないんだってば」
清香は興奮しているのか、ドア越しでもギリギリ聞き取れる声量だった。
次に清澄らしきもごもごとした声が聞こえたが、内容までは聞き取れない。
「本当に心配性ね。せっかくこのタイミングで健一を見つけられたのに、堕ろしたりしたら結婚したことが無駄になるじゃないの」
直後に再び低い声が響いたが、やはり内容はわからない。
「ほんの数ヶ月の辛抱よ。安定期になればできるから……ふふ、
その声を最後に清香も声量が下がってしまい、明確には聞き取れなくなった。
「これは、まさかの展開ですね」
真隣から低い声がして飛び上がり、思わず声を上げそうになった。
声を上げなかったのは、その声の主がレオだとすぐに気づいたからだ。こんな陰気な男は滅多にいない。
「何してるのよ」
小声で抗議した。
「とりあえず戻りましょう」
もっともだ。執事のほうから言われるのは癪だが、さすがに何分もこんな姿勢でこの場にいるのは、見咎められる恐れがある。言う通りにして、階段のほうへ向かった。
階下へ降りて、「ありましたよ」と、スマホを手渡される。
「早く言いなさいよ」
「車を取ってまいります」
このレオは、仕事は間違いなく忠実で頼れる執事なのだが、言葉が足りない気がしてならない。寡黙なのは構わないが、必要最低限のことしか言わないものだから、たまにイラッとする。
車を取って戻ってきたレオが、スマホを無事に見つけ出したことを義実家の使用人に説明し、義父に伝えてくれるというので、礼を言って帰路についた。
「なんであんなところにいたのよ? 驚いて声を上げるところだったわ」
車に乗り込み、早速抗議すると「見つけたので絵麻様を探していただけです」と、これまたもっともな答えが返ってきた。
「私は聞き耳を立てていたわけじゃないのよ……」
理由を説明しようとしたが、聞き耳を立てていたのでなければなんなのだろうと自分でも分からず、言い淀んでしまった。
「あれは黒ですね」
すると、レオのほうから別の話題を持ち出した。
「黒ってなに?」
「清澄様と、真部様の奥様とのご関係です」
レオにも聞こえていたらしい。
清香の言葉を聞いて絵麻も同様の考えに至っていた。
というよりも、長年疑っていたことだ。幼い頃から、姉弟としてはあまりにも仲が深すぎるのではと訝しんでいた。
結婚する頃になっても、いや結婚したあとも、その疑念は薄まるどころか増すばかりだ。
黙っていたからか、レオは続けて言った。
「絵麻様にはお辛いお話だとは存じますが、以前から薄々感じておりました」
「……それはいつ頃から?」
「13年と25日前からです」
また細かい数字が。レオは確か大学をでたばかりなはずだから、9歳前後の頃から疑っていた計算になる。そんな頃からと驚いたが、絵麻も同様な時期から感じていたと気づき、つまりは誰の目から見ても二人の仲は異常だったのだと納得した。
「でもさすがにお腹の子は健一さんの子よね?」
レオも子供の頃からの仲だと改めて感じたからか、気安くなり思わず聞いてしまった。
考えたくもないことではあるものの、あんな会話を聞いてしまっては疑わざるを得ない。
「絵麻様のお考えは?」
レオは答えずに問い返してきた。しかしそれで十分だった。仕えている主人を非難するような言葉を、執事が口にすることなどできないのだから。
絵麻の答えも出ている。しかしレオとは別の意味で口に出せない。
出してしまったら、その疑念を打ち消すことができなくなると思ったからだ。
考えたくないから考えない。
いつもそうやって、姉弟のことを深く考えないようにしていた。他のことに気を散らせて耐えていれば済むと思っていた。
しかし、これほどまでに関係が進んでいたら、無視している場合ではないだろう。
「もし事実ならどうしようか……」
考えたくなくても、直面しなければならない問題だ。
「必要があれば、私は全力でお力になります」
レオは絵麻のためらいに気づいているらしい。言葉同様に力強い声でそう言ってくれた。
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