第25話 結婚祝いのプレゼント

 絵麻は朝食を終えて、自室で紅茶を飲んでいた。


 義姉が入籍したとの連絡を受けてから半月が経ち、式の予定が来月になったことを聞いた。

 社長の娘で役員でもある清香の結婚式でありながら、親族と主要な関係者のみの簡素な式にするらしい。会社の力で大安の日に無理やりねじ込んだから、そうするしかなかったとのことだった。


 ここ最近の清澄は毎日のように帰宅している。夜に来て朝はいないから、早朝か深夜のうちにどこかへ行っているのかもしれないが、日を開けずに帰宅するというのは初めてのことだった。しかも、夕食をともにするようになった。天気の話だけで持つのだろうかと最初は戸惑ったものの、一日何をして過ごしたかなどの雑談で、意外となんとかなっている。

 最愛の姉が結婚するからゆえの変化なのだろうか。それにしては仕方なしに帰宅していると言わんばかりの義務感が漂っていて、夫婦として健全な関係になってきたというのに、絵麻は喜ぶどころか薄気味悪さを感じていた。


 カップをテーブルに戻した後、昨夜サカ☆カササギから届いていたメールの返信を打とうと読み返した。

 サカ☆カササギ[今夜も旦那がいるんだ。最近全然外出しないから、タブレット見れなくてストレス溜まる。返信できなくてごめんね]

 EMA522[私の方も旦那が帰ってくるようになったから時間がないんだ。旦那孝行ということでお互いがんばろー!]

 

 送信してXのタイムラインを眺めていると、すぐに返信がきた。

 

 サカ☆カササギ[今日は病院に行くからパートは休みなんだ! 久しぶりにゆっくりできて嬉しい。旦那と過ごすよりも一人のほうが断然楽しいのはあるまじきことだけど、本音だから仕方がない笑]

 EMA522[風邪でもひいた? お大事にね。私も旦那と過ごしても楽しくもなんともないよ。普通につまらん]

 サカ☆カササギ[病気じゃなくて怪我なんだ。でも、もう大丈夫だよ]

 EMA522[それはよかった。早く良くなりますように]

 サカ☆カササギ[ありがとう。休むと旦那も義母もうるさいから我慢してたんだけど、昨日の仕事中痛みで立っていられなくなっちゃって、さすがに限界きたから今日は休ませてもらったの]

 EMA522[立ってられないくらい痛いだなんて、相当じゃん。何日か休養すべきだと思うけど。本当に大丈夫?]

 サカ☆カササギ[だいぶよくなってきたから。ありがとう。パートを始めて家事がおろそかになってるのが悪いんだけど。最近旦那のあたりが強くて怖かったから休ませてもらえたのは奇跡だった。しかも家事も休んでいいとまで言ってくれて、絶賛お言葉に甘え中]

 EMA522[よかったじゃん。むしろ当然だと思うけど、それを謙虚に受け止めるサカさんは偉いわ]


 そこまででテンポ良く続いていた返信が途絶えた。時計を見ると9時を過ぎていたため、病院へ向かったのだろうかと考えた。

 絵麻もスマホを置き、読みかけの本を読むことにした。


 数分ほどしてノックの音が聞こえたので応じると、レオが現れた。


「車のご用意は何時頃にいたしましょうか?」

 そう言えばと思い出す。朝食の時に午前から買い物へ出かけると伝えていた。

「すぐに出るわ」

「かしこまりました」

 着替えも済ませていたので、バッグを手に取り階下へと向かった。

 すると、既に車は玄関の前のロータリーに準備されていて、早速乗り込んだ。


 義姉夫妻への結婚祝いを買いに出る予定だったのだが、さてどこへ向かおうかと迷う。

「今日は……」

「伊勢丹はいかがでしょうか?」

「ああ、いいわね」

 店内をぶらつけば何かしら目につくだろう。

 的確なアドバイスをしてくれるとは。レオも執事として成長してきているようだ。


 伊勢丹新宿店へ入り、一階をぶらつくも、さっぱり見当がつかない。清香へプレゼントなど贈ったことがないし、そもそも贈ったとして使うとも思えない。

 清澄ならば好みも欲しいものも当然ながら把握しているだろうと、昨夜聞いてみたものの、「なんでもいいよ」としか返ってこず、むしろ不要だとまで言われて頼りにならない。

 絵麻も清香からもらった結婚祝いのシャネルのスカーフは、一度見たきりで、クローゼットにしまい込んだままだ。

 確かにお金とメッセージカードだけでいいのではないかと考えたくなる。

 

 どうしようかと悩みながら、順にエスカレーターでフロアを上がっていった。

 すると6階にギフトサロンがあり、相談してみようかと通りかかると、聞き覚えのある声が聞こえて足を止めた。


「ようやく来てくれた」

 まさかのことだが、清香の声だった。

 絵麻は聞き耳を立てつつも、姿は見えないように店の柱に隠れた。

「山本部長に捕まってしまってね」

 次に、当然とばかりに清澄の声が聞こえてきた。自邸以外では、この二人がセットでない場面など見たことがないかもしれない。

「そんなの理由にならないわ」

「ごめんよ。そっちは病院だったから、多少時間があると思ったんだ。それで、赤ちゃんはどうだった?」

「順調よ。心音も元気そうだったわ」

 なんてことだ。清香は妊娠しているらしい。籍は入れたのだから不思議ではないものの、まだ夫婦と聞いても違和感のある二人なのに、妊娠までしているとは驚かざるを得ない。

「男の子かな?」

「そんなのまだわかんないわよ」

「だったらまだ服なんて早いんじゃないか?」

「男だから青とか車の絵とか、そういうのは時代遅れなの。ユニセックスなのよ」

「へえ。よくわかんないけど、清香が言うなら。じゃあ見に行こうか」

「ええ。きよ抜きで決められないもの。あら、あなたはお帰りになられて結構よ。会社へも戻らなくて構わないわ」

「わかりました」

 なんと、健一もいたらしい。それまで声が聞こえていなかったため、姉弟の二人きりだと思っていた。


「マザーズバッグ用にシャネルも寄りたいわ」

「清香の体調が大丈夫であればどこでも行くよ」

 清香と清澄の声は遠ざかっていった。

 ホッとしていると、足音が近づいてきて、目の前に健一が通りかかった。彼は真っすぐエスカレーターのほうへ歩いているので、こちらには気づいていない。声をかけなければそのまま気づかずに行ってしまうだろう。

 

 しばし迷い、絵麻は声をかけることにした。

「健一さん」

「はい……え? 絵麻さん?」

 振り返り、健一はまさかという顔で目を丸くした。

「お二人の結婚祝いの品を探しに来ていたんです」

「そう……ですか」

 弱々しい声で、肩を落としたように視線を下げた。

 おそらく夫婦二人で買い物へ来ていたのだろう。そこへ清澄が現れ、夫のほうを追い返した。二人をよく知る絵麻ならば、考えられなくもない展開ではあるものの、健一にとってはショックに違いない。

 考えてみると、絵麻と健一は同じ立場である。だからか、まだ数回ほどしか会ったこともなく、面と向かってまともに会話もしたことはないが、彼に親近感なるものを覚え始めていた。


「車はありますか?」

 絵麻は聞いた。

「いえ、電車で帰ります」

「では、よろしければご自宅へお送りいたします」


 健一は「悪いですから」と何度も固辞したが、「お祝いの品が見当つかないので、そのご相談がてら」と無理に言って、健一を車に乗せた。

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