転生したら魔力で動く人造人間になっちゃったんだけど!

べあうるふ

プロローグ

腫れぼったくなった目をどうにか無理やり開けてみる。

耳には聞き慣れた電子音。

ピッ、ピッ、ピッ

これは心電図。

プー、プーという高めの音は……点滴の薬剤がそろそろ終わるんだっけ。

オマケに遠くからはナースコールのサイレンっぽい音がして、これは緊急かも知れないな。

それとも、自分?


そうだ。ここはICU。つまりは集中治療室。

胸の痛みと熱で一般病棟からここに急遽自分は運び込まれたんだ。生まれて初めて死ぬんじゃないかって危機感を持ったほど。

そんなことをふと思い返してみて、ぷっと吹いてしまう。

「これで、何回目だ?」と独り言もおまけに。

わかる。何回も自分は死にかけたことがある。そのたびに聞いたこともない薬を手から足から首から、そして背中から投与されて、また……そのたびに身体を蝕むような痛みにも。

慣れたくはないけど、慣れなければならない。

看護師さんにもすぐに顔は覚えられ、ニコニコお世辞にも慣れて、自分の顔からはいつしか表情が少なくなっていった。

元から少なかった筋肉も減ってきて、今ではベッドから起き上がることすら難しくなってきた。キーボードを必死に人差し指でコツコツ叩いたのなんてどれくらい前のこと?

そうしてぼーっとした日々が続いて、自分が何歳か。いや今が何年何月何日だかなんてのも頭の真ん中の霧によって消えていった。

そう、全てどうだっていいことなのだから。

ちらりと横目で心電図を見ると、限りなく水平に近くなってきている。

絶望とは裏腹に、妙な嬉しさが胸の隅に現れてきた。

どうなんだろ、これって。


「まあ、いいか」痩せた胸で精一杯の無味無臭の息を吸い込んだ。

はず……だった。


ベッドの視線の先、身体をようやく起こして見えるその場所に、人がいる。

嘘だろ、誰もドアを開けてないのに。さっき親はいったん帰ったはずなのに。

いや違う、そんな瑣末なことじゃなくて。その人、光ってるんだ!


「そんなに驚いてないかな」

めっちゃ透き通るほどの声。声優さんか何かだろうか。それにちょっと聞いたくらいでは男女の区別もつかない。

「まあ、確かにそうかも知れないね。なんせ貴方は……」

そして声と同じく透き通るような光る長い長いストレートな髪の毛。床まで引きずってるんじゃないかなってくらいの長さ。衛生的にそれってどうなのよ?


「貴方は、日をまたぐ前に命を閉じる」


絶望してしまうくらいの宣告が、その光る人の口から放たれた。

でも不思議、動揺も何もしない。どっちかと言えば「ああ、よかった」って安堵したんだ。

だからだろうか、ちょっとだけその人の声が笑っているかのように感じられた。


「自分を天国に連れてくためにきたんでしょ? 分かるよ」

「聞き分けがよくて助かる。でも私はいわゆる天使でも悪魔でもないんだ」

思わず「えっ?」と問いただしてしまった。じゃあ一体どういう職業なんだって。

「高次の存在さ、天使とかよりも遥かに、ね」

「ますます分からなくなってきたんだけど……つまり?」


「運命と次代を司る神さ。名前はフォーティナと呼んでくれ」


まあコスプレでここまで気合の入った格好は見たことないし。いや実物なんて生まれてこの方見たことないからネットの向こうだけだけどね。

だからこそ、ああ、自分はここであの世に行くんだな、なあんて。


よかったのか……な。

「妹尾零二。12歳……物心ついた時にはすでに心臓が弱く、ずっと病院のベッドの上」

ゆっくりと噛み締めるようにフォーティナは話す。なんの取り柄すらなかった自分の生き方を。


そうだ、なんにもなかったんだ。悔しいとか死にたくないとかって思いは今ここには微塵も無い。いいからさ、未練も何にもないから、さっさとここから……

ふと、自分の短い人生を唱え終えたフォーティナが、眉間に小さな皺をよせて「それなんだが」と。

「今のこの世界の未来だが、次代の転生キャパシティが著しく減ってきてしまったんだ」


難しい言い方してたけど、つまりはこの地球の未来そのものがかなり狭まってきているらしい。だから生まれ変わりをすることができな……い!?


「すんなり分かってくれて私もさらに助かった」

また安堵の表情で続けてくれた、なんか神様にしちゃすっごく人間味あるなぁ、夢じゃないよね?

「ということで、君の次の生まれる先は、その……同一世界ではない代わりに、プラスアルファの特典を付けておきたいんだ」

「ゲームっぽいね」

「なんとでも言ってくれて構わないさ」

この辺は神様も手慣れてるみたいだ。


どんな世界に行きたい? フォーティナは続けたのだけれ……ど。そうは言われてもなぁ、ゲームとかで慣れ親しんだ、いわゆるのんびりした田舎っぽい世界くらいしか思いつかない。でもってアレだ。中世だ、剣と魔法がバリバリ使えるやつ。

自分はそこに行きたいってダメ元で話したらすんなりOK、マジか。

「プラスアルファに関しては、どうする?」

忘れてた。中世ファンタジー世界転生ってだけでもうワクワクしてきたのに。つまりは……無双できたりとか魔力無限所持とか王族の生まれとか……ああ、望むものがいっぱいありすぎて困るし!


……あ。

そんな頭の中がぎゅうぎゅうのわずかな隙間に、ひとつ。

これだ!


「もうこんな寝たきりの生き方なんてしたくないからさ……」

そうだ。自分は思いのたけをシンプルに伝えた。

フォーティナも分かってくれていたみたいだ。「承知した」ってやっぱりシンプルにね。


その瞬間、心電図からピー! と長くけたたましい音が流れた。

波はフラット。まっすぐだ。つまり……は。もう言わなくても分かる。

「では零二くん……あ、いや。これでもう履歴はリセットか。向こうに着いてもたまに私は顔を出すから、心配しないでくれ」

身体が軽くなってくる、そして視界も徐々に真っ白に光に染まって……


遠くなった、すべてが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る