ちょうだい

発芽(年末までお休み中🐑💤🌱

2000字/初稿版 2018年

(大きな違いは、最後くらいです。

兄はどういうつもりで言ったんだろ?とちょっと幻のように消えてしまいそうな出来事のように書きました






 黒板にチョークで書かれた日付を見て、ため息がこぼれる。この教室の、もっというと学校全体の空気感が、今日だけはどうしてもいたたまれない。



 急いで教科書をロッカーに突っ込んで、コートを一旦着込んで、足早に廊下に出た。向かうは音楽室。放課後の部活は、好きで自然と足は早くなる。



 音楽室の重い防音扉を開けると、既に何人か集まっていた。そこに一歳上の先輩もいる。と、言ってもあの人は私の兄だけど。親が再婚した連れ子同士で、血の繋がりはない。父も、向こうのお母さんも音楽が好きだから、子供もその影響を受けて私も彼も音楽が好きで自然と部活は同じになってしまった。家でも顔を合わせるのに、学校にいる時まで会うのは、嬉しいことなのか良くわからない……。


 四人の家族生活が始まって四年ほど。私もしばらく父との二人暮らしが長くて、今更兄ができても、兄とは思えない。別に仲が悪いわけでもないし、音楽の話だって合うから、盛り上がる……けど。だけど、いつからか、話してる時にたまにある沈黙に、息が詰まるようになった。



 高校だってそう。あの人が入学した学校を別に追いかけたわけでもないけど、吹奏楽に力を入れている学校を選んでたら、一緒になってしまっただけ。

 ばかな選択をしてしまったなって、自分で気づいたのは入学してから二ヶ月後の六月くらい。そして、さらに月日が流れて年が明け、今日は二月の中旬の女子達が沸き立つその日となった。



「ねぇ、もうチョコあげたの?」


 チューニングの合間に隣のクラスの佳奈が、こっそりと私に話しかける。あげたも何もあげる人なんて居ないよ……。言おうとした言葉は、声にならなかった。

 その投げかけられた言葉は、私にとって本当に禁句で、身体はビクついた。逃げるように佳奈から目線をそらしてしまったその先に、目に止まってしまったのは、どうしようもないことに、兄の姿だった。私だけが目で追いかけてしまっただけだったら、良かったのに。佳奈の声は妙に響いて、離れた場所にも関わらず多分、兄の耳にも入ったのかも。……だって、都合よくこのタイミングで、あっちも私を見るなんて。まるで、向こうも私が誰にあげるのか、気になったみたいに思ってしまうでしょ?


 慌てて目を逸らしたけど、跳ね上がり続ける心臓の止め方を、私は知らない。

 

 


 それから、気まずくて集中できないままに部活は終わった。練習はちゃんとできたのか、部長はなんて言ってたのかすっかり頭から抜けていた。


 ただ平穏に乗り切れば、今日は終わってくれる。あと六時間の我慢。そればかりを考えてた。

 ……だけど冬の十八時は暗くて、兄は当然、夜道を付き添ってくれるから、二人で歩いていると気まずさは更に増していく。

 さっきの会話は聞かれていたのか、聞けるわけも無くて、長い長い沈黙の中ーー。


 破ったのは兄からだった。




「ちょうだい」


 と、笑うような、軽い声で言われた。

 俯いてた私は、その表情を見れるわけもなく、その言葉の意味を確認するのも怖くて。何か気の利いた返しを考えたくても、フリーズしてしまった思考は、空回り。渡せるものをなにか持ってなかったかと、咄嗟にコートのポケットに手を突っ込んだ。数日前に飴玉を舐め、ゴミを捨て忘れてたままの小さな包み紙。

 それを私は手の平に入れて「応えられない」って気持ちを込めて、差し出した。

 兄の開かれた手の平に触れる時、一瞬どきっとしてしまうのを、気付かれないように祈った。


 そして、彼はまた笑う。


「なにをくれるかと思えば、ゴミかよ」


 って責めるわけでもなく、苦笑しながら。

 何事もなかったように、笑ってくれた。



 兄もそれ以上は、何も言わない。だから、それ以上会話は続くことなく、ぎこちない空気は私達の間にたちこめる。


 私は一人、後悔の渦はぐるぐると加速した。あの言葉の真意を確かめるタイミングを完全になくしまった。

 私はただ怖くて、誤魔化すことしか出来なかった。何よりも、心が、兄の真意を確かめてはダメだと必死に私に言う。たとえ本気で言われてたとしても、真意なんて考えたらまた揺らいでしまうだけ。



 


 好きだと気づいてしまったあの日から続く、行き場のない想いに、私は願う。


 どうか、こんな気持ちは跡形もなく消えて無くなれば良いのに……。

 逃げ続けるであろう来年の今日は、気楽に過ごせますように、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る