お仕事は百物語です

来田あかり

第一章:そのプロジェクトは、古文書(コピ-)から始まった。

「――というわけで、桜味くん。今年の夏の社内コンペ企画、君に任せることにしたから」


 株式会社大日本イベント、第二企画営業部。


 入社一年目の桜味真央(さくらあじ まお)は、仏頂面の塊みたいな部長にそう告げられ、元気よく返事をした。


「はいっ! がんばります!」


 大手イベント会社に入社して半年。電話応対とコピー取りばかりだった日々に、ようやく光が差した。初めて任される、自分の企画。真央の胸は、希望で風船のように膨らんでいた。


「して、その企画なんだが」


 部長は、机の引き出しから、古びた和綴じの本……の、明らかにコピーを取ったであろう、ヨレヨレの紙束を取り出した。


「これを、やりたまえ」


「は、はあ……。これは……?」


「厳格に、古式に則った、『百物語』だ」


 百物語。怪談話のアレだ。真央の頭に、修学旅行の夜、布団をかぶって友達と騒いだ、楽しい思い出が蘇る。


(なーんだ、社内の親睦会みたいなものか! それなら、あたしにもできるかも!)


「承知いたしました! 会議室の予約と、お菓子とジュースの買い出しですね!」


「違う」


 部長の、地を這うような低い声が、真央の楽観論を叩き割った。


「これは、遊びではない。仕事だ。そこに書かれている手順通り、寸分違わず、執り行うように」


「……は、はい」


「場所は、寺。蝋燭は、百本。話も、百話。全て、本物を用意したまえ。いいね?」


 本物?


 真央は、手渡された古文書コピーに目を落とした。達筆すぎる崩し字で、何が書いてあるのか、さっぱり分からない。ミミズが、墨汁の上で集団自殺でもしたかのような有様だ。


「あ、あの、部長……。これ、なんて書いてあるんでしょうか……?」


「……読めんのか。まあ、いい」


 部長は、内線電話の受話器を取った。


「古賀。ちょっと、こっちに来てくれ。ああ、そうだ。お前の、新しい仕事だ」


 数分後。第二企画営業部のデスクで、真央は、目の前に座る男を前に、背筋を伸ばしていた。


 古賀耕助(こが こうすけ)、59歳。この道30数年の、現場一筋ベテラン社員。コーヒーと煙草の匂いが染みついた作業着がトレードマークの、生きる昭和遺物。社内で、鬼の古賀さん、と密かに呼ばれている男だった。


「……で、なんだ。俺が、この嬢ちゃんのお守りをしろってか、部長は」


 古賀は、心底面倒くさそうに、真央と、机の上の古文書コピーを、交互に睨んだ。


「そ、そんな! お守りだなんて! これは、私が責任者として進める、由緒正しきプロジェクトでして……!」


「プロジェクト、ねえ。で、その“ぷろじぇくと”の企画書は、どこにあるんだ」


「こ、これです!」


 真央は、昨夜、一生懸命作った企画書(A4一枚)を、自信満々に差し出した。


 そこには、可愛いオバケのイラストと共に、こう書かれていた。


【☆わくわく!真夏の百物語ナイト☆】

・目的:みんなで怖い話をして、仲良くなる!

・場所:会社の会議室

・用意するもの:お菓子、ジュース、ロウソク(10本くらい?)、怖い話


 古賀は、その紙を、虫でも見るかのような目で一瞥すると、深々と、長いため息をついた。


「……桜味、だったか」


「はい! 桜味真央です!」


「お前、本気で、これをやるつもりか」


「はい! 部長のご命令ですので!」


「……そうか」


 古賀は、ガシガシと頭をかきむしり、もう一度、深いため息をついた。


「いいか、嬢ちゃん。仕事ってのはな、まず、敵を知ることから始まるんだ。お前の敵は、この、ミミズののたくったみたいな紙だ」


 彼は、古文書コピーを指さした。


「部長が『厳格にやれ』って言ったんだ。なら、そこに書いてあることが、このプロジェクトの全てだ。まず、これを解読しねえと、お菓子を買いに行くことすらできねえ。分かったか」


「は、はい……!」


 こうして、新米社員・桜味真央と、ベテラン社員・古賀耕助の、前代未聞の「プロジェクト百物語」が、静かに、そして、とんでもなく面倒くさく、幕を開けたのだった。

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