天よりも、ここに

🌸春渡夏歩🐾

天女の住む時計台

 オレは機械屋のカイト。機械を修理しながら、旅をしている。


「あぢぃ〜〜〜」


 石畳の広場には、日差しをさえぎるものが何もなく、ゆらゆらと陽炎かげろうが立ち昇っていた。噴水の水も干上がって、暑さのせいか人影もない。


 ぬるい水筒の水をいくら飲んでも、汗となって、即、身体から出ていっているに違いない。滝のような汗が止まらない。


 この近くにあるはずの時計台を探しているうちに、頭がクラクラして、目がチカチカしてきた。


 これは……ヤバイぞ。


 木陰を探して、ひと休みしようとしたとき、脚がつった。

「イテテテ……」

 脚がもつれて、木の根元に倒れこむ。


 ……情けねぇ。


 この街の夏は暑すぎる。


 そのまま、グッタリと寝ていると、不意に首元に濡れた冷たい布が押し当てられた。ヒンヤリして気持ちいい。


「大丈夫ですか?」

 逆光の中、若い女性らしき声がした。

「旅の人。ウチはすぐそこなので、休んでください」


 ◇


 この街は石造りの建物が多い。強い日差しをさえぎるためか、窓は小さく、室内は薄暗いが、上手く風が通り抜けるようで、ヒンヤリとしていた。半地下や地下で暮らす家も多いらしい。


 寝椅子で休んでいると

「吐き気や頭痛はないですか? これ、大丈夫そうだったら、少しづつ飲んで下さいね」

「……ああ」

 目の上から濡れた布を外して、コップを受け取った。


 冷えたジュースには、スイカにレモン汁、塩も入っているらしい。スッキリとした爽やかさで、身体に沁み渡る。ようやく汗が引いた。


「助かった。ありがとう。オレはカイト。機械屋だ」

「わたしはフウカといいます」


 コップを返しながら、あらためて彼女を見たら、何というか……クラッときた。


 腰まである長い髪は漆黒。白磁のような滑らかな顔に、形の良い紅い唇。黒い瞳の色は深く、吸い込まれそうで……。

 そう、めまいがするほど絶世の美女だったんだ!


「……天女みたいだな」

 思わず呟いた。いや、実際に天女を見たことなんて、ないけど。


 彼女はにっこり笑った。

「よくわかりましたね。わたしなんです。ですけど」

「ふあっ?!」

 変な声が出てしまった。


 ……えっえっ? ホンモノの天女さん!? ホントにいるんだ〜。


「この暑い中、外を歩く人はいませんよ。カイトさんは何をしてたのですか」

「オレは時計台を探してたんだ」

 フウカの表情が、えっ?! となった。


「時計台なら、この建物がそうですよ」


 ◇◇◇


 フウカは、天界で王母に仕える女官のひとりだった。彼女は人々の暮らしを調べるため、ときどき下界に降りていた。


 あるとき、突風にあおられて、羽衣が飛んでいってしまい、上手く着地できずに足をひねった彼女を助けてくれた青年がいた。彼は「時計台のびと」だった。


「何日も何日もかかって、大事な羽衣を探して、渡してくれたんです。これで、いつでも天に帰れるね、って」

 フウカは頬を染めた。お互い、一目惚れだった。


 よくある伝説みたいに、羽衣を隠されたりはしなかった。

 彼女が天界に帰ることより、彼を選んだとき、王母からは強くさとされたらしい。仙籍を無くすということは、人間のように寿命に限りがあるということだから。


「わたしは人間ひとが好きなんです。限られた命を一所懸命生きてる人達が。でもね、彼は流行り病であっという間にいなくなってしまって……」


 そのとき、フウカのお腹には新しい生命が宿っていた。


 ◇◇◇


 パタパタっと走る小さな足音がして、フウカの脚の後ろから、こちらをうかがう顔がのぞいた。


「よ、こんちは」

 パッと顔が隠れた。

「すみません。ランは人見知りが強くて」


 ……ふふん。ガキと遊ぶのはオレ、得意だぜ。まかせろ。


「ラン、ほら! 見てみな」

 オレは、紙飛行機を折って、飛ばしてみせた。

「わぁ〜!」

 案の定、翼を羽ばたきしながら飛ぶ様子に夢中だ。何度も自分で飛ばしている。


 …… やったぜぃ。


 毎日、鐘を鳴らしてお昼を知らせていた時計台は、最近、止まってしまったと聞いた。時計台の守り人がいなくなって、誰も直せる者がいなかった。


 時計の内部を調べると、シャフトが折れ、外れている場所があった。


 ……さて、どうしよう。予備の部品も道具も無い。


 とりあえず、全体に油をして、考えた。


 ……そうだ! もしかしたら。


「フウカ。羽衣って、まだ使えるのか?」


 フウカがいれば、羽衣はフワッと浮いてくれるという。細く裂いた羽衣を、折れた軸がまっすぐになるように固く巻きつけた。


 うまくいった! 

 軸は正しい位置に収まったようだ。


 ◇


 お昼の鐘が鳴る。

 つられて、オレの腹もグゥッと音を立てた。


 この街の名物は何だろう?

 暑いから、昼間だけど、ビールを一杯、グィッといきたいところだ。


 この街にもときどき顔を出しに来なくちゃならないようだ。ランに時計の修理を教えてやれる日は来るだろうか。

 そんな日が来たらいいなと思う。


 

 そして、旅は明日も続く。


 ***終わり***

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