鬼門の家
@m_m5
第1話 記録の始まり
―記録として、この恐怖を晒す―
これは、『警告』である。
なぜなら、今も続く“説明のつかない現象”に、俺は、日々苛まれているからだ。
今、俺が暮らしているのは、都市部から車で数時間程かかる、廃村寸前の山奥にひっそりと建つ、築150年程の古民家だ。
俺は、YouTubeで「田舎暮らしVlog」を配信しているYouTuberだが、この文章は、その裏側で記録として残しているものだ。
何故、記録として残すのか?……それは“何か”が、この家にはあるからだ。
だからこそ、映像と文字の両方で、この体験を記録に残しておきたい。
もし、俺に何かあったとしても、コレを見てもらえればわかるように……。
これを読んでいるあなたに伝えたいのは——
「無闇に山奥の家や土地を買うな」——という、俺からの、『警告』だ。
この家を買ったのは、偶然だった……。
それまで俺が住んでいたのは、都会の雑踏に囲まれた小さなマンションだ。
毎朝、目覚まし時計のけたたましい音で起き、電車に乗れば、人に押しつぶされるような圧力、会社では上司の顔色をうかがいながら神経をすり減らす。
家に帰っても隣室の話し声や足音が壁を伝って響き、心が休まる時間などほとんどなかった。
人と関わるたびに、少しずつ心が削られていく気がした。窓を開ければ排気ガスとコンクリートの匂い。休日もどこか落ち着かず、結局スマホを眺めて時間を潰すだけ。そんな暮らしに嫌気が差していた。
「誰の目も気にせず、自然の匂いのする場所で暮らしたい」そんな漠然とした憧れは、いつしか自身でも、抗いがたい衝動へと変わっていった。
そんな俺が、田舎暮らしに興味を持つのに、さほど時間はかからなかった。仕事中も、暇さえあれば田舎の物件サイトを眺める。最初は老後の夢くらいにと、考えていたが、いつしか「今すぐ移住したい」という思いに変わっていた。
その日も、スマホの画面に映し出される無数の物件を、指でスワイプしていた。都会のど真ん中に建つピカピカの新築一戸建てや、郊外のマンション、そして、安価な中古住宅。どれもこれもピンとこなかった。
その時、……目に飛び込んできた写真に、俺は釘付けになった。
それは、山奥で、まるで時が止まったかのような築150年程の古民家だった。値段は、400万程。しかし、都会では到底出会えない、苔むした瓦屋根の重厚さや、庭に生い茂る木々の力強さに、心を奪われた。
土間の奥に見える囲炉裏の煤けた梁や、歪んだ柱。それらが醸し出す歴史の重みに、俺は一瞬で魅了された。
迷いはなかった。その日のうちに不動産屋に連絡を入れた。
電話に出たのは、意外なほど若い女性だった。俺が物件について尋ねると、彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、どこか戸惑っているように思えた。「……あちらの物件ですね…ご連絡ありがとうございます。」と、やけに事務的な口調で話を続けたが、その不自然な間合いが、妙に俺の心に引っかかった。
俺が「内見をお願いします」と伝えると、彼女は「……はい、承知いたしました。ただ、少し遠方ですので、大変お手数ですが、一度、現地まで足を運んでいただくことになります。」と、まるでこちらの気が変わるのを期待しているかのように、何度も繰り返し言った。
「もちろんです。問題ありません」と俺が答えると、彼女は少し黙り込み、それから急に「あの、お客様、この物件は築年数がかなり経っておりまして、リフォームや修繕にかなりの費用がかかるかと……」と、畳みかけるように言った。まるで“やめておけ”と必死に伝えているようだった。
その執拗な様子は、単に物件を早く手放したいというより、まるで「これ以上、この物件に関わりたくない」という強い拒絶の感情が透けて見えるようだった。俺はわずかな違和感を覚えたものの、人気がない物件だからか、あるいは単なる親切心なのかと、深くは考えなかった。
だが、俺が「金額は承知の上です。是非購入したいと考えています」と伝えると、彼女は急に態度を変え、「承知いたしました。それでは、契約手続きを進めさせていただきます」と、驚くほど事務的で、まるで早く話を終わらせたいかのような口調で、電話を切ろうとした。
結果、内見もせずに、数日後には購入の契約を済ませていた。
友人や家族からは『正気か?』と呆れられたが、俺の心はすでに、この古民家での新しい生活を思い描いて、その夢に胸を膨らませていた。
……ただ、心の片隅に、あの不動産屋の執拗な“拒絶”が棘のように刺さって、しこりとて残る。彼らがなぜ、あんなに手放したがっていたのか、その真意に気づくのは、ずっと後のことだった……。
そして俺は、都会の喧騒に疲れ、静かな自然に囲まれた暮らしや、古民家再生をテーマにした田舎移住系YouTuberとしての生活を始めた。
最初は本当に平穏だった。
「#田舎暮らし #セルフリノベーション #古民家Vlog」
最初の撮影は、家に向かう道中から始めた。カーナビは途中で道なき道を示し、軽トラックのタイヤは砂利道で何度も空転した。谷に反響するエンジンの音を聞きながら、汗だくでハンドルを握った。家に着いた時、泥だらけになった愛車を見て、初めて自分の選択の無謀さに少しだけ後悔し、とんでもない山奥に……いや、……まるで秘境だな、と、思わず携帯が使えるかも確認してしまう程だ……余談ではあるが、誰にも連絡取れなかったらどうしよかと、真剣に考えてしまった。
だが、玄関の分厚い引き戸を開けた瞬間、その後悔は吹っ飛んだ。
埃っぽいが、清々しい空気。土間の冷たさ。天井を見上げれば、何本もの太い梁がまるで龍のようにうねっている。動画カメラを回しながら、俺はただただ感動していた。
最初の動画は、開封の儀と掃除風景を収めた。
埃をかぶった囲炉裏を磨き、何十年も溜まった煤を払い、床に散乱した枯れ葉を箒で掃く。そんな地味な作業を淡々と映しただけの動画だったが、驚くほど再生され、コメント欄には、「こういう暮らしに憧れてた」「応援してます」「見てるだけで癒されます」といった好意的な声が溢れた。
再生数は3日で5万を超え、収益化もあっという間に通った。初めての成功体験に、俺の胸は高鳴り、この上ない幸福感に包まれた。それからは毎日が楽しかった。いや、楽しすぎて、夢の中にいるようだった。
朝は自分で井戸から水を汲み、薪を割り、かまどでご飯を炊く。炊きたてのご飯は、都会で食べていたものとは全くの別物だった。一粒一粒が主張しているような力強さと、噛みしめるほどに広がる甘み。
日中は家の修理。古い畳を剥がして床板を打ち直し、廃材で作ったベンチを庭に置く。慣れない作業だったが、少しずつ形になっていく家を見るのが何よりの喜びだった。
夜はランプの灯りで食事をとり、虫の声を聞きながら、酒を飲む。都会のネオンや車の音とは違う、自然の音が、心を穏やかにしてくれる。
「都会の喧騒を離れた、理想の生活」
鳥の声に癒され、川のせせらぎに心を鎮め、畑を耕し、川で魚を捕まえて食べる。手作りのビオトープで水音をBGMに毎朝コーヒーをすする日々。動画のコメント欄には、
「癒されます」
「自分も移住してみたくなった」
「犬でも飼えば完璧ですね!」
と、好意的な声が溢れた。
中には、物資を送ってくれるファンまで現れ、少しずつ再生数も増えていった。
だが——
ある日を境に、コメントの“質”が変わった。自分で編集している時には全く気づかなかったが、投稿から数時間後、何気なくコメント欄をチェックしていた俺は、妙な書き込みに目を留めた。
「奥さん、出ないんですか?」
「指が、綺麗な方ですね」
「女性の声、綺麗でしたね」
俺は目を疑った。妻などいない。指も声も、俺一人のはずだ。
確認するため、動画を何度も見返した。
最初は誰かの悪ふざけだと決めつけていた。しかし、同じようなコメントが続々と届き、俺は思考が、一瞬、真っ白になり、すぐに、どのシーンなのか具体的に教えてほしいと返信した。
数分後、返信が届いた。
「薪割りのシーン、一瞬だけ左の奥に白い袖が見えました」
「井戸から水を汲むシーン、あなたの後ろから、女性の笑い声みたいなものが聞こえました」
「最後のビオトープのシーン、あなたの手のアップになった時、一瞬だけ、別の、女性のような綺麗な指が映り込んでましたよ」
背筋に冷たいものが走った。
慌てて動画を何度も見返した。
自然や家しか映っていないはずのフレームの中に……確かに、白い袖や、手が一瞬だけ揺れていた。……いや、そもそも録音した覚えのない、澄んだ女性の笑い声が、わずかに聞こえた……。
編集で気づいていれば、とっくにカットしていたはず…だ。だが、何度見返しても、撮った覚えのない“誰か”が、確かにそこにいた。俺は、その信じられない光景から、しばらく目を離すことができなかった。
不安をかき消すように、草刈りや棚の設置、簡易風呂の修理に没頭した。そうして一週間が過ぎた頃、どうしても必要な工具が足りなくなり、仕方なく山を下りて村の雑貨屋に向かうことにした。
その帰り道、店の前で日向ぼっこしていた年配の男性に声をかけられた。
「おう、YouTube見てるで。若いのに変わっとるなあ。あんな山奥の家、何がええんや?」
「いや、ちょっと動画のネタになるかと思って……」
「ほぉ。……まぁ楽しそうでええこっちゃ。でもなぁ……〝あの〟家、よう住む気になったな」
男は、急に表情を曇らせ、ぽつりと言った。
「えっ!?それって……どういう意味ですか?」
「……イヤ……ほれ、あんな山奥不便やろなとおもってな……そんな事より、今度、奥さんも一緒に連れてきたらええ。きれいな人なんやろ? 昔の人みたいや」
「……え?奥さんなんていませんよ…」
「……何を言うとるんや。いつもおるやろ。声もよう聞くし、あんたが楽しそうに話しとるのも、こないだの動画で見たで。あんなとこに一人で住んどるわけないやろ」
「……いや……本当に一人です…」
俺がそう言うと、男性は、まるで俺が冗談を言っているかのように、気まずそうに笑って、それ以上は何も話さなかった。
背筋を冷たい風が吹き抜けた。
この一件がきっかけで、この家・・・「何かがあるのでは?」という疑念が強くなり、俺は調査を始めた。
地域の歴史、神社の古文書、地元の言い伝え、——
そして、その過程もYouTubeに上げて、コメントからヒントを探ろうと考えた。
最初は「ネタ」程度になればと、軽く考えていた記録だったが、次第に映像の中に写り込む“異物”や、“自分が記憶していない時間”の記録が増え始め、俺自身の精神が少しずつ削られていくのを感じた——
これは今なお続いている。
記録は、終わっていない。
俺は、……まだこの家にいる。
この記録が、あなたに届く事を、切に願う……。
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