第25話 再会

 あれから事態は変わらない。マービーの本国からも何の連絡もなかった。ずっとホテルの宿舎にいると息が詰まってしまうので、信二は街に出てみた。雑用に使うホバーバイクを貸りて・・・。

 この異世界では馬に乗ったり、馬車で移動するのが普通だが、やはりバイクはいい。自由気ままに走って風を感じることができる。信二は少し街から離れた場所に行ってみた。オーガニ丘という、シーナ国でも有名な景勝地だ。丘に立つと周囲の山々が見渡せる。

 その道で車輪が壊れた馬車があった。乗っていた人たちが外に出ている。そこで信二は思わぬ再会をした。


「ナターシャ!」


 信二はホバーバイクを停めて声をかけた。するとナターシャも気づいてくれた。


「シンジ! シンジなのね!」

「どうしたのです?」

「オーガニ丘に行こうとして馬車が壊れて・・・。ボディーガードの1人が麓の村に代わりの馬車を都合しに行ったの」


 確かにナターシャのそばにはボディーガードは1人しかいない。


「それはお困りでしょう。もしよかったら乗りませんか?」

「えっ! ホバーバイクに? 大丈夫かしら」

「後席にもう一人乗れますよ。麓の村まで行った方が戻ってくるまで時間があるでしょう。その間にオーガニ丘に行ってみませんか?」

「楽しそうね。行くわ!」


 ナターシャがそう答えた。だがさすがにボディーガードが止めた。


「奥様! いけません!」

「大丈夫よ。すぐに帰ってくるわ!」


 ナターシャは信二のそばに来た。


「ではこのヘルメットをかぶって後ろ席に乗って・・・しっかりつかまってください。僕の体に」


 信二はホバーバイクを走らせた。ナターシャは信二にしがみついている。風を切るスピード感は彼女には初めての経験だろう。


「すごいのね。ホバーバイクって! まるで風になったよう!」


 ナターシャは少女のようにはしゃいでいた。信二はさらにスピードを上げて楽しませる。

 やがてオーガニ丘についた。ホバーバイクから降りると素晴らしい景色が広がる。そこには誰もいない。2人は草の上に腰かけた。


「きれいね! こんなにうっとりできるのは何年ぶりかしら・・・」


 ナターシャは話し始めた。日ごろの鬱屈がたまっているようだ。


「若い頃は楽しいことばかりだった。でも年の離れた夫に言い寄られて、若くしてすぐに結婚した。それからは空虚な日々・・・」


 ナターシャの愚痴を信二は黙って聞いていた。


「夫は仕事が忙しいと言って私に見向きもせず・・・。でもわかっているの。夫は愛人を囲って好き勝手にしている。私を疎ましく思っているんだわ・・・」


 ナターシャの表情は曇っていた。もう泣きださんがばかりに・・・。


「もうやめよう。そんなことを考えるのは・・・。僕は君の心の支えになりたい」


 信二はナターシャの肩をぐっと抱きしめた。


「シンジ・・・」

「何もかも忘れよう。自由な君の戻るんだ」

「そうね」


 信二はナターシャを抱き寄せた。彼女の瞳が潤んでいる。信二はそっとキスをした。


「シンジ。このままずっとあなたと一緒にいたい」

「僕もだ・・・」


 信二はナターシャをそっと草の上に寝かせた。その上に覆いかぶさる。大自然の下、信二とナターシャは熱く燃え上がった。あれほど貞淑な彼女は開放されて、快感にむせび泣いていた・・・。

 やがてコトが終わり、ナターシャは体を起こした。


「もう戻らないと・・・。ボディーガードが心配して騒ぎ出すわ」

「そうだね。帰ろうか」


 信二とナターシャはまた口づけを交わした後、ホバーバイクに乗った。


「また会ってほしい。ビューレホテルにいる」

「わかった。必ず行く」


 信二はナターシャとはこれっきりだと思いながらそう返事する。ずるずる関係を引きずりたくないのが彼の本意だ。

 やがて馬車のところに戻った。すでに新しい馬車が用意されている。ナターシャはホバーバイクを降りた。


「シンジ。また・・・」

「ああ、また・・・」


 ナターシャが馬車に戻っていく。信二が見送っているとボディーガードが近づいてきた。


「二度と奥様に近づくな!」


 恐ろしい顔で信二をにらみつける。


「それは警告か?」

「そうだ。命が惜しかったらな。あの方はブランジ議長夫人だ。おまえが近づける方ではないのだ! わかったな!」


 そのボディーガードはそう言い残して馬車に乗り込んだ。


(ナターシャの夫はブランジ議長か・・・。そうなると・・・)


 信二は考えを巡らせた。ナターシャを乗せた馬車は街に向けて走り出していた。



 信二はホテルに戻ってみた。やはり状況は芳しくないようだ。交渉を続けているがビザは下りない。


「このままでは埒が開かない。あきらめてマービーに戻ってマシンの調整でもするか・・・」


 ボウラン監督はあきらめムードだ。信二は言ってみた。


「監督。もう少し時間をくれませんか?」

「何かいい方法でも見つかったのか?」

「まあ、人には言えませんが・・・。少し考えがあって・・・」


 そう言いながら信二は貸りているホバーバイクに燃料のフェールを入れる。ついでそこらに置いてあった軽食をすべて平らげた。


「どうしたんだ? 腹が減っているならレストランに行ってこい」

「これでいいんです。すぐに出かけますから」


 信二は入浴して汗を落とすとフォーマルな服に着替えた。そしてまたホバーバイクにまたがった。向かうはビューレホテル、そのスイートルームにナターシャがいる。この国でも最上級のホテルなのでドレスコードが厳しい。だがドレスアップした信二は難なくホテルに入ることができた。

 エレベーターを最上階まで上って行くと、そこは丸々すべてスートルームだ。そのドアの前には当然ながらボディーガードが控えていた。ナターシャに会うためにはそこを突破しなければならない。


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