第11話 とんでもないこと

 信二は心当たりがなかった。ボウラン監督に怒られるような・・・。


「何のことです?」

「とぼけるな! 昨夜、ここに女性を連れ込んだだろう!」

「ええ、まあ・・・」

「それは大スポンサーの娘だったんだ。向こうはカンカンだぞ! 出資をやめるってな! どうするんだ!」

「いや、一夜のことですから・・・」

「とにかく来い! 土下座でもして謝るんだ!」


 信二はボウラン監督に引っ張られるようにして馬車に乗り込んだ。


「相手はジボン商会のところのキンガさんだ。うちのチームの大スポンサーだ。キンガさんの一人娘がミシェルさんだ。これはもう目に入れてもいたくないほど・・・」


 馬車の中でボウラン監督は話している。シンジがどれほどとんでもないことをしたか・・・。


(箱入り娘のお嬢さんか。まあ、面倒なことになった・・・)


 信二はふっとため息をついた。


(今まであとくされのない女が多かったが・・・。まあ、大人の男女の関係だ。何とかなるだろう)


 そんな風に鷹をくくっていた。



 馬車は大きな屋敷の前で停まった。そこはまるで宮殿のような立派な屋敷である。大きさでは王宮にも引けを取らない。


(この世界では商人というのは女王様以上に金持ちなんだな)


 そう思わざるを得ない。もっとも女王様、いやこの国は慢性的な金欠であったが・・・。


 案内を請い中に入ると、豪華な装飾がしてある玄関と廊下を通り、広い応接間に通された。そこには高価らしい美術品が飾ってある。

 そこに目付きの鋭い中年の男が入ってきた。顔つきは少しミシェルに似ている。この男がキンガ氏のようだ。


「このたびはこのシンジがとんでもないことをいたしまして・・・」


 ボウラン監督は深く頭を下げる。それだけでなく信二にも頭を下げさせる。


「ボウランさん! これはどういうことですか! ミシェルが朝帰りをしたもので問い詰めたら、シンジという男と一夜を共にしたっていうじゃないですか! うちの大事な娘を・・・。その男は娘をキズモノにしたのですよ!」


 それを聞いても信二には違和感しかなかった。


(大人の男女の関係だ。キズモノにしたって? 親は知らないかもしれないが、抱いた感じでは彼女は少しは場数を踏んでいる。ミシェルはもう大人だ。それともこの世界では思っていた以上に貞操観念が厳しいのか? 今までのところそう思わなかったが・・・)


「責任をどう取るつもりですか!」


 キンガ氏は怒鳴り散らしている。ボウラン監督は頭を下げ続けたままだ。その時、応接間のドアが開いた。


「やめてよ! パパ!」


 それはミッシェルだった。


「おまえを傷つけた奴を許せないんだ。きちんと謝罪させてやる!」

「傷ついてなんかいないわ! 私はシンジが好き。心から愛している。だからそういう関係になった」

「ミシェル・・・」

「私はもう大人よ。恋愛は自由なはずよ!」


 キンガ氏は娘にそう言われてへなへなとなったソファに座り込んだ。あれほど素直でおとなしかった娘が・・・・彼にとってショックだった。ミッシェルはさらに訴える。


「パパ! シンジは夢を追っているの。シェラドンレースで総合1位グランプリになると。昨日、彼から聞いた。だから応援してあげて! シンジの夢をかなえさせて!」


 確かに信二はそんな話をベッドの中でミッシェルにした覚えがある。それは口説くためで・・・などとは今さら言えない。


「シンジ。ごめんなさい。こんなことになってしまって。でも後悔していない。私はあなたが好きなの。愛しているの。それは変わらない」


 信二にはミシェルの気持ちを(重い!)とかしか思えないが、とにかくこの場を収めてくれる彼女には感謝しなければならない。

 キンガ氏はミシェルの気持ちを知って、信二に頭を下げた。


「まあ、そういうことなら・・・。すまなかった。シンジ君。娘の気持ちも知らずに・・・」

「いえ、いいんです。俺、いえ僕の方こそ、娘さんといきなりそんなことになってしまって・・・」

「君さえよければ娘と正式に交際を。ゆくゆくは私のあとを・・・。」


 信二は身の危機を感じた。そうなったら自由はない。ミシェルに縛り付けられる。それだけはごめんだ。彼女には一夜限りの大人の関係と割り切ってほしい・・・。


「ミシェルのことは愛しています。でも僕には夢があります。それに集中したいのです」


 信二はミシェルの言葉に乗った。これでなんとかならないかと彼女の方を見た。


「パパ。聞いたでしょう。シンジには夢があるの。だから夢をかなえて戻ってくるまで私は待つわ」


 信二は(助かった!)と思った。ただ表情には出さない。苦渋の決断をしているように見せねばならない。


「ありがとう。ミッシェル。君と離れるのは辛いけど俺はがんばるよ」

「シンジ!」


 ミシェルは信二の胸に飛び込んできた。これで決まりだ。


「わかった。シンジ君にはシェラドンレースで総合1位グランプリをとってもらおう。そのためには援助を惜しまない。今まで以上に。ボウラン監督。いいですね。シンジ君を頼みますよ」

「ええ、それはもちろんです」


 丸く収まってボウラン監督が一番ほっとしているようだった。しかしもし総合1位グランプリになったらミッシェルと正式に交際しなければならないのか・・・信二はそれが気がかりだったが・・・。


(なるようになるさ。まあ、その頃にはミッシェルの気持ちも冷めているだろう。大金持ちのお嬢さんなんて気まぐれだから・・・)


 前の世界でもそんな経験のある信二は深く考えないことにした。

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