第九章「同胞」第一節

 第一世代の山口鈴は、孝にパソコンを見せた。都の情報が記載されている。彼は一般家庭に引き取られみたいだった。鈴も都と特別扱いを受けていた。実験のために血も提供し続けた。第二世代の実験を、成功させるためにと、実験を手伝い続けた。

 実験の手伝いをしていて、彼女が見た限り次世代の研究ーー第二世代の研究も、うまくいっていなかった。都の情報の開示も、鈴がまいた罠だとは、気づいていないようだった。今なら、脱走していった、しようとした者の気持ちが分かる。妻である奈美でさえ容赦なく、殺す人物である。

 容赦ない人物の手元にいたなんて、ゾッとする。小さい時の自分は、明らかに狂っていた。実験台になる家族が泣き喚いても、関係なかった。

必要ではないとーー教え込まれていた。競争の中でのし上がるのには、力が必要だった。だからこそ、鈴は孝に体を開いた。名誉も名声も手に入れるために、武器として体を売ったのだ。

 いつか、トップになり、実験を引き継ぐ志しを胸に刻んでいた。

 鈴の服の中に手が入ってくる。肌を手がはっていく。幼くても鈴の体は素直だった。ぴくり、と体を震わせる。躾てある体は、順応に反応してしまう。小さくても体は「女」だった。「女」としての本能であり、体は順応である。鈴は孝を受け入れば、周囲よりも優位に立てる。高みの見物ができる。孝の実験も手伝っていたし、同等の立場になれるはずである。

 人の上に立つのは、気持ちがいいだろうか。

 誰のためではなく自分のために、勝ちにいくのだ。居場所のためーー勝利ために、席をとりにいく。

 本気で狙いにいく。

 そのために、体を開いた。

 ーーお願い。

 ーー教授、もっと。

 何度も何度も体をささげた。ささげてきた。結果、彼女の体は耐えらなくなった。子供もできにくい体に、なってしまった。研究用の次世代すら産めないと分かれば、状況は一変して、周囲の態度と視線は、冷たくなっていく。刃の如く突き刺さる。忌み嫌われる存在となり、一人一人と離れていった。

研究所でのやり取りは、偽りの愛情だった。孝からの愛情なんてなかった。愛してくれている。自分を  見てくれているなんて、幻でしかなかった。

 簡単に何もなくなってしまうのだろうか。

 砂の塔みたいにもろく、崩れていった。

 鈴は駆け引きに負けたのだ。

 いらないと、ハシゴをはずされた。

 高い場所から、突き落とされた。

 体を売ってまで手にしたのは、なんだったのだろうか。

 何のためだったのだろうか。

 汚れた体で誰が「愛している」と言ってくれるのだろうか。

 打ちのめさされて、ボロボロになった時に、湊と出会った。孝を倒すための共犯者として、手を組んだ。飢えていた心も、荒れていた心も、徐々に満たされていく。

 潤っていった。

 ゆっくりと、染み渡っていった。

 今のままだといけない。

 自分優位ではいけないと、ダメだと目が覚めた。「孝」の呪縛から解き放たれたのである。自分自身の 「愛」は歪んでいて、正常ではないと知った。狂っていた。抱かれ続かれたのも、鈴の責任である。大きな過ちだったとしても、過去は過去だ。

 消せはしないし、前進するしかない。未来は先にあり、見える世界は無限大に広がっていく。広がるだろう世界に、飛び込めばいい。今度は自分が周囲の盾になる番だ。守るべき立場の位置となる。孝に探りの視線を、向けた。彼女が口を出さなくても、研究所は終焉に向かっている。一気にたたみかければ、簡単に研究所は潰れる。簡単に潰れてしまったら、おもしろくない。少しずつ、攻めたてていくつもりでいた。

 鈴はふ、と笑った。

 孝を見下している笑顔だった。

 鈴は無表情に戻る。

「鈴」

「何でしょうか?教授」

「お前は私の傍にいてくれるよな?」

「さぁ?どうでしょう?」

 鈴は淡々と孝に返す。

 鈴の淡々とした返答に、孝はまゆをひそめた。ひそめても興味はない。鈴はその日が、刻々と近づいているからなのか、湊の言葉を思い出す。

『山口さんがもう少し大きくなって、体力がついたら研究所を抜け出すために動きましょう』

 鈴にとって湊の言葉は、救いとなっていた。まだ、動くべきタイミングではないのだろう。信じて待っていた。鈴は孝とこれ以上話すつもりはないと、一礼して研究室を出た。

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