"変な人"な僕に訪れた束の間の春

@kuragari987

第1話 "変な人"な僕に訪れた束の間の春

僕は社会不適合者だ。思い返せば物心ついた頃から、いや生まれながらに何かおかしかったのかもしれない。


小学生の頃から同級生にKYといじられてたいし、集合写真では皆整列している中僕だけしゃがんでいたり、たまたま見つけた幼少期のビデオでは親の呼びかけにも無反応で空を眺めていたり。


そんな僕は案の定といった所だが、中学で友達ができず不登校になった。

それから家ではネット掲示板を徘徊したり、オンラインゲームに熱中したり、ザ・引きこもりと言うような堕落した世界に13歳で身を投じる事になる。


高校には親の意向もあり試験だけ受けにいき進学したのだが、またすぐに退学し親のお金を溝に捨てた。

次第に伸びていく身長、大人の造形へ変化していく顔、老けていく親、老朽化する家…

そういったものが刻一刻と流れる時間を無情にも僕に突きつけてくる。

焦燥感を感じつつもどうする事もできず、成人するころまでほとんど人と関わらないお先真っ暗な転落人生を送っていた。

成人になった頃には痺れを切らしたのか親も黙ってはおらず、無理にでも働かせようとしてきた。

自分としても、親にも誰にも干渉されず一人になりたいという気持ちがあったので、バイトで貯めたお金を片手に家を飛び出しいきなり一人暮らしを始めた。


飲食店や工場や日雇いのバイトを転々として食いつなぐ、相も変わらず灰色な生活に時間を浪費する。

職場では一人でご飯を食べて一人で休憩して一人で帰る

という極めつけの社不っぷりを発揮していた。

 

ところがそんな時に見つけてしまったんだ、天から舞い降りし天使を。幸せの女神様を。

客入りの少ない寂れたカラオケ店で。

だがその子は不愛想だった。

バ先で初めて顔を合わせた時も、目も合わせず少し野太く低い声で無機質に指示を出してきた。

そのカラオケ店はかなり暇だったのだが、その子は話しかけられない限り自分から話しかけてくる事はなかった。

仕事が片付けば何をやっているのかもわからない謎タブレットを所在無げに眺めるだけだった。

タブレットを眺める横顔はどこか儚げに感じていて、その子の周囲だけ空間が切り離された別世界のように映っていた。

そんなそっけない無関心さが意外と居心地良かったんだ。

不愛想ではあったけど、その子が纏うオーラからは不思議と攻撃性や悪意みたいな緊張感が全く感じられなかったんだ。

その子の放つ不思議なオーラに僕は次第に惹かれていった。


そのカラオケ店にはいわゆる陽キャと呼ばれる人たちも多く、そういう人達は案外気遣いができ、空気を読める常識人が多かった気がする。


良心からくる「大丈夫?」に追い詰められることもあった。

笑顔を絶やさず、声は大きく、テキパキと動いて…

元気であることを態度で示さなければならないというプレッシャーを感じてしまう。

彼女にはそれがなかった。


ある春の終わり頃、バイトへ向かう道すがらスーパーで割安で売られているチョコを見つけた。

金銭的に非常に困窮した生活を送っていたが、困窮しているからこそ、ここで割引された高めのチョコを購入する事で物欲を満たし

結果節約になるんだという謎の理論で買うことにしたのだ。


チョコをバッグに入れルンルン気分でバ先に向かう僕。ふふふ、何もチョコを買えた事でルンルン気分になっているわけではない。

僕はそんな単純な男ではないのだ。今日のバイトはそう、あの子と二人っきりなのだ。

多分今日もそっけいない業務連絡以外では言葉を交わせないんだろうけど、その子が近くにいるだけで幸せな気持ちになるんだ。

さあ挨拶だ。職場に着いて開口一番発する言葉は挨拶だ。異性の好みを聞くわけでもない、いつもだんまりな僕がここぞとばかりに雑談に切り込むわけでもない。これは何も後ろめたい事は無くごく自然で一般的な行動。

いつも目を見れず言葉に詰まりそうになるくらい緊張するのだけど、でもその挨拶で少し目が合ったり、笑顔を見れたりしたら

どんなに嬉しいことか。

今日はちょっと、60点って所かな。笑顔も無かったし、目も合わなかったし、なんだかいつにもまして表情が仏頂面だった

気もした。うーん、でもそういう日もある。気のせいかもしれない。


そんな僕の脳内でふと天才的で革命的でレボリューションなアイディアが閃光のように閃いてしまったのだ。

「そうだ、あのチョコをあげよう」

でもダメダメ。暗くてコミュ障でいつもだんまりな僕が特定の異性に物をあげるなんて、はたから見たらそれはもう「セクハラ」

に違いない。自然に…口実が必要だ。

あれはたまたま見かけてセール中で安かったから買ったんだ。量も一人で食べるには少し多い。

…十分だ。これだけの口実があれば他の従業員から見ても十二分に自然に映るはずだ。


僕は意を決して素知らぬ顔を決め込んですれ違いざま思い出したように言った。

「チッチチッチョコ…安かったから買ったんですけど、食べますか?」

き、決まったーーー!?伏し目がちで挙動不審でチラチラ顔を見ていたと思うけど、僕にしては上出来だ。

行動しなければ何も始まらないんだ。内心気味悪がられて顔の半分に不自然な笑みを浮かべ引きつった顔をされても、皆にこのことを言いふらされて馬鹿にされても、後悔はない…たぶん。


その子は、一瞬顔の半分に不自然な笑みを浮かべ引きつった顔をした。

そして数秒遅れて僕の意図を理解したようで「チョ~~コ~~?笑」と笑みを浮かべ聞き返してきた。

まるで僕が奇妙奇天烈、奇想天外な奇行でもしでかしたかような声をあげたのだが、

その笑顔を見た途端、心の奥に鬱積していた不安や恐怖が突風に吹かれた砂みたいに跡形もなく消し飛んだ。

僕を変わり者だと思っていて、深く理解しているわけではないのだけど、その上で僕の全てを許容して受け入れてくれそうな、そんな笑顔に映った。


その後、その子は好きな人がいると知った。

分かってはいた。冷静に考えて僕の事を好きにならないなんて事は。

でも凄く悲しくて、人を好きになるのも考えものだな、もう簡単に人の事を好きになったりしないと、より一層僕のコミュ障に拍車をかける結果になってしまった。


そんな物語めいた結末は何も無い、ただの根暗コミュ障が告白すらせずに失恋する他愛もない出来事だったんだけど、けどあの時の笑顔が僕の中に残り続けていて、辛い時も君は君のままで良いんだよって勇気づけてくれている気がする。

あの時感じた温かさは絶対に本物で、僕の中で否定しようがないんだ。

大地を温め燦燦と煌めく太陽の様に、暗い夜空も闇で満ちぬよう明るく照らす一等星みたいに、ずっと僕の中で輝き続けるんだ。

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