悩みよ悩み、何処か遠くへ飛んでいけ

北島綾

悩みよ悩み、何処か遠くへ飛んでいけ

プロローグ

私は男子は〜女子は〜というのが嫌いだ。それは人の個性というものを一切度外視した区分であるからだ。そもそも男子女子というの生物学的特徴で性格を分類するのは非効率で非科学的だ。このような非合理的かつ不可解な区分を今も使っている人物が居るとしたら、古臭い腐った思想に囚われた旧時代の人間だろう。

私がこう思うのは、以上のことに起因する事態において、深く私の心が抉られた経験からだ。


1

幼少期、私は他人から大人しいと言われるような子供だった。休み時間はいつも絵を描いていたし、友人もほとんど居らず、居ても同じ教室で絵を描いている少女のみだった。趣味嗜好もどちらかと言うと可愛い系の方が好きだったし、世間の"男の子"像からはかなりかけ離れていた。

担任から私は


「男の子なんだから外で遊んできなさい」


としつこく言われ、それでも外に遊びに出かけないと、担任はわざわざ"遊び時間"というものを金曜日に設け、ドッチボールだの鬼ごっこだのを強制的にクラスの全員とやらされた。当然の事ながら、普段から運動不足の私にとってこれは苦痛でしかなく、楽しめた記憶は無い。

これを回避するために、私はわざとテストで悪い点を取り、休み時間に再テストを実施するという理由で"遊び時間"に参加しない口実を得るようになった。これに担任は憤慨し、私は再テストを受けなくてもいいようになったが、"遊び時間"には強制参加となった。

それから私に対してイジメが起きるようになった。私は他人から見ると"ノリの悪いバカ"であったようで、その上休み時間のほとんどを読書と絵で潰す私を周りは、"女っぽい"と決めつけた。

暴力は勿論の事、時には性的なイジメまで受けさせられた。蹴られて足が出血した事もあったし、無理やりトイレに連れ込まれてやりたくもないことをやらされたこともあった。担任はそのことを知っていたが、止めなかった。

私の家族はというと、私の個性を尊重はしていたし、イジメに対して学校に怒鳴り込んでもくれた。だが、母親は何にでも名前を付けたがる性格のようで、私の"個性"に"自閉症"や"発達障害"と名前を付けた。それが私は酷く嫌だった。私の個性を障害扱いするのがとても嫌で仕方がなかった。父親はというと、母親の言いなりだった。

私はこの世に居場所なんてないと感じていた。その時に味方になってくれたのが姉だった。姉は私と同じ少し茶色の入った髪の毛で、いつもショートヘアだった。ファッションセンスが良く、時間がある時は私に服を貸してくれたりもした。姉と居ると、私は本当の自分を出せるような気がした。

今でも記憶に残っているのは


「綾はきっと、いつか私の他にもあなたをわかってくれる人と出会える。それが今日じゃなくても、明日じゃなくても、きっといつか来る」


「いつか、来るのかな」


私の言葉に、姉は微笑みを浮かべながら言った。


「きっといつか来るよ」


そんな姿見鏡の前での会話だ。


姉の存在が私のストレスから来る幻覚であったことを知ったのは、その少し後だ。


2

しばらくの月日が過ぎた。私が高校生となってかなり経った時だ。私は親からスマートフォンを持たされ、毎日携帯ゲームやSNSから得られる満足感と情報を満喫していた。そんな時、SNSの一つの投稿が目に止まった。


「わぁ…!かわいいな…!」


思わずそんな言葉が口から零れた。画面に写った投稿は、ある女性のコスプレ写真だった。私の好きなコンテンツに出てくる紫の髪の魔法使いで、私の推しのキャラクターとのカプとしてよく候補に上がる子だ。画面に映る彼女は、一目見ただけで美しいと感じた。私はファッションには詳しくは無い。だがそれでも彼女の美しさは十分に伝わってきた。その投稿にいいねを付け、彼女のアカウントをフォローをした。そして、その投稿に返信を返そうとした。


「可愛いのでフォローしました!…っと」


だが、"投稿"のボタンを押そうとした時、私は踏みとどまった。


「…どうせ、気持ち悪がられるだけか」


結局、私は返信を送らなかった。ただ、それから彼女の投稿には出来る限りいいねを押すようにした。かくして、私は彼女の隠れファンとなった。

私はきっと、彼女に憧れのようなものを抱いているのだろう。彼女の存在は私にとって今を生きる希望となった。彼女に出会う前の私は、例えるならば海の底深くへと沈んでいくようなものだった。ただ、その沈んでいく流れに身を任せているだけだった。暗い、暗い海の中で、私はこのまま沈めば楽になれると思っていた。そこで彼女に出会い、一筋の太陽光が差し込んで、私は再び海面上へと上がる決意をした。


エピローグ

私は少しだけ、救われたような気がした。かつて姉の言った「いつか」はこの時の事だったのかと今では思う。だが、姉は一度も、その出会いは「一度だけ」とは言わなかった。きっと人生で私が生きていく中で、何回かは私を理解してくれるような、私を救ってくれるような人に出会えるのだろう。私を暗い、暗い海の中から救い出してくれる人と、きっと出会えるのだろう。そう思い、私は今日も生きる。

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