猫又の短編集

猫又テン

渇き



アスファルトの照り返しが脳を溶かす。


私の思考が回らないのはそのせい。

ジリジリと蝕む熱は、蜃気楼さえ生む。目の前の貴方だって、その蜃気楼が生んだ幻なのだ。そのはずだ。


「今日は飲み会があるから、帰りは遅くなる」


だから夕飯はいらないと言った貴方の後ろ姿。

皺一つ無いスーツを身にまとった背中が、最初の頃はとても頼もしく見えた。


今は、ただ冷たさしか感じない。


貴方の。

貴方と、腕を組む女は。私よりも随分と若いようで。

子供が二人いて、忙しくて。長いこと美容院にも行けていない私よりも。あれは。洗い物で荒れた私の手よりも綺麗なあれは。


貴方の隣にいるのは、私には出来ない役割を果たしていた。着飾った女。それがいた。


そんな蜃気楼。


意識が朦朧としていく。熱中症だ。正しくそうだ。

長男と手を繋いで、泣きわめく次男を抱きながらなだめるのに必死で、水を飲んでいなかったからだ。そのせいだ、そのはずだ。


足りないのは決して、愛なんかじゃないはずだった。



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