プロローグ(横組み用)
小川のせせらぎはまるで僕を誘うように、今から起こりえる予感を与えようとしていた。僕は一人、田舎の旅館に泊まりに来ている。旅館の女将の勧めで、僕は小川に向かうことにした。
夜風は、僕を現実から幻想の世界へ導いてくれているかのように運んでくれて、鈴虫の音さえ川の音と絡み合うようで心の中に染みわたるようだった。
ここに来た訳は君への想いにかられたからだ。あの頃は夢に溢れていて、見渡す世界が物珍しく見えたものだった。いつからだろうか。孤独に襲われて逃げるように殻の中に閉じこもったのは——
君が奏でるピアノの音色が好きだった。優しい音色で僕を夢中にさせたじゃないか。どうして、もう君はいない——あるのは僕の想いだけ。
僕は川に映る月の雫に君を見た。それは間違いなく幻想ではなく僕の想いだった。姿なき今こそ君を想うことにしよう。
初めて出会ったのが、一昨年の夏だった。君は公園の白いペンキの塗り立てたばかりの小さなベンチに座っていて、黄色いカバー表紙の本を読んでいた。周囲は赤い花がまばらに咲き、ベンチと調和しているようだった。空はどこまでも青くぽっかりとした雲が浮かんでおり僕たちを覗き込むようにも思えた。
風はあの時も優しく、僕の気持ちをそっと届けてくれるようだった。僕の視線に気づくと、君は顔を赤らめて僕の方を不思議そうに見ていた。深い海の中に眠るような君の瞳に僕は吸い込まれていった。
君は僕の視線に気づいてから、気になるようで、ちらりちらりと僕の方を見ていた。君の背後には背丈の高い樹木が並んでおり、黄色や赤い枯れ葉が舞い落ちて秋の気配すら感じることができた。少女の姿と周囲の景色がまるで絵画の様に映し出され、それに僕は見入ってしまった。
すると、君はベンチから立ち上がり思わず身構えて驚いた僕の心を見透かしたように話しかけてきた。くすりとシルクのような笑顔を見せた君に、一瞬にして僕の想いが翼になって空を駆け巡るようだった。
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