第4話 : 真実を求める仲間

 公開討論会での熱狂から一転、暗殺者たちを撃退した俺たちは、ノエルとセリアの助けで街の宿に戻った。ノエルは興奮冷めやらぬ様子で、セリアは複雑な表情で、俺たちを宿の部屋まで道案内をしてくれた。


部屋に戻ると、アイリアはすぐに俺の腕に触れた。先ほどの戦闘で、短剣が掠めた傷跡が残っていた。肉がえぐられ、血が滲んでいる。


「リョウ、大丈夫……?」


アイリアが不安そうに、でも確かな決意を瞳に宿して俺の腕に触れる。すると、彼女の手から淡い光が放たれ、傷口を優しく包み込んだ。じんわりとした温かさが広がり、傷がみるみるうちに癒されていく。


「…ありがとう、アイリア」


 俺の腕の傷は、跡形もなく消え去った。アイリアの治癒の力は、以前より格段に強くなっている。それは、彼女の心が俺との絆を確信し、その力が安定した証拠だった。だが、傷は癒えても、心に残った衝撃は消えない。王都の闇が、こんなにも身近に、そして露骨に俺たちを狙っていることをはっきりと感じた。


「リョウさん、父は真実よりも権威を選んでいます。ルシウス枢機卿も神の秩序を守るために異端者を排除しようとしている」


セリアが静かに話し始めた。彼女の瞳には、尊敬する父への失望と、真実を求める強い意志が同時に込められていた。


「彼らはリョウさんの知識を、そしてアイリアさんの力を恐れているんです」


 セリアの言葉に、俺は深く頷いた。教会は教義に反する古代の知識を、宮廷はそれに伴う権力構造の変化を恐れている。そして、そのどちらも、アイリアの存在を危険視している。彼女の力は、今の世界の秩序を根底から揺るがす可能性を秘めている。


 その夜、俺はアイリアと二人で宿の屋上に出ていた。王都の夜空は、街の灯りに邪魔されて星の光が少なくて、どこか寂しく見えた。遠くで、夜警の足音が聞こえる。


「リョウ、この街って悲しいね。たくさんの人がいるのに、みんなお互いを信じてないみたい」


アイリアが寂しそうに呟いた。彼女の言う通り、この王都は偽りの秩序と権力争いに満ちた場所だった。互いを疑い、自分の利益だけを追い求める人々。その姿は、古代文明が滅んだ時の悲劇を彷彿とさせた。


「でも俺たちはお互いを信じてる」


俺がそう言うと、アイリアは俺を見つめて静かに微笑んだ。その笑顔は、この寂しい夜空の中で、一際明るく輝いているように見えた。


「うん……リョウ、私がもっと強くなったら、この街の人たちも少しは変わってくれるかな?」


彼女の不安な声に、俺は迷わず頷いた。


「ああ、きっと変わる。いや、変えてみせる。だから俺と一緒に、この街の真実をみんなに伝えよう。彼らが築いた偽りの秩序を壊して、新しい世界を、俺たちが探して見せてあげよう」


彼女の手を強く握り、決意を固めた。この王都での戦いは単なる知識の論争じゃない。人々の心に希望の光を灯すための大切な戦いなんだ。


 翌朝、俺たちが王都を出発する準備をしていると、セリアが部屋にやってきた。いつもの堅苦しい研究者らしい服ではなく、動きやすいように仕立てられた、シンプルな旅の装いをしている。彼女の表情には、一晩で何かを乗り越えたような、清々しい強さが宿っていた。


「私も一緒に行きます」


セリアの言葉に、俺とノエルは驚き、顔を見合わせた。


「セリア?」


「父の間違いを、この手で正したいんです。そして本当の歴史を、この目で見て、記録したい」


セリアの瞳には、迷いがなかった。それは、一人の学者としての純粋な探究心と、父親への愛情が、複雑に絡み合いながらも、最終的に真実を選び取った証だった。


「でも大丈夫か?父親と対立することになるぞ」


俺の問いに、セリアはまっすぐに俺を見つめた。


「覚悟の上です。私は学者として、真実を選びます」


セリアの決意の込もった言葉に、俺はうなずき、心から感謝した。彼女はもう、宮廷学者の娘ではない。共に真実を求める大切な仲間だ。


 王都の門で、俺たちは振り返った。この街での戦いは厳しかったが、その分、大切なものを得ることができた。セリアという新しい仲間と、アイリアとの、誰にも壊せない深い絆だ。そして、俺は改めて、この旅の意味を噛み締めた。


馬車に乗り込み、俺は前を向いた。


「次はどこに向かうんですか、師匠?」


ノエルが、これから始まる冒険に心を躍らせている。


「伝説の大遺跡だ。古代文明が滅んだ本当の理由が、そこにある」


俺の言葉に、アイリアが不安そうに身を寄せた。


「大遺跡って、すごく危険な場所よね?」


「ああ。でも俺たちなら大丈夫だ」


俺はアイリアの肩に手を置き、彼女を安心させるように優しく微笑んだ。


「アイリアがいれば、どんな困難も乗り越えられる」


アイリアが照れたように笑った。


「私と一緒にいると、あなたまで危険に巻き込んでしまうかもしれない」


「今さら遅いだろ。何度も言ってるが、俺はとっくの昔に巻き込まれてる」


俺の言葉を聞いて、アイリアは涙を浮かべながら笑った。それは悲しい涙じゃない。安心と、喜びの涙だ。


「ありがとう、リョウ」


彼女は、俺の肩にそっと頭を乗せた。その温かさに、俺の心は満たされていく。


馬車は王都から離れて、大遺跡に向かって走っていく。石畳の道から土道に変わり、車輪が立てる音が、新しい旅の始まりを告げている。


「大遺跡では、きっともっと危険が待ってるでしょうね」


セリアが少しだけ身構えるように呟いた。


「大丈夫っすよ!俺たちには、最強の師匠とアイリアさんがいますからね!」


ノエルが元気よく答えると、アイリアもふふっと笑った。


「そうね。みんなで力を合わせれば、怖いものなしよ」


俺たちの旅も、いよいよ最終章に差し掛かっている。古代文明の全ての謎が明かされる時、俺とアイリアの関係も、最終的な答えに辿り着くだろう。そして、この世界の未来を決める、本当の戦いが待っている。


でも俺は不安じゃない。アイリアと仲間たちがいれば、どんな試練も乗り越えられる。そう信じて、俺は前を向いた。


知識をめぐる戦いは続く。だが、俺たちには、互いを信じて支え合う絆がある。その絆こそが、どんな闇をも打ち破り、未来を切り開く最大の力なのだと、俺は確信して前を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る