第2話 過去の亡霊と盗掘団の真意
盗掘団の追跡を振り切り、俺たちは地下都市の居住区にたどり着いた。薄暗い通路を抜けた先に広がっていたのは、まるで時間が止まったかのような光景だった。食卓には陶器の皿が置かれ、壁には埃をかぶった服がかけられている。住人がある日突然、蒸発したかのように、生活の痕跡がそのまま残されていた。
「リョウ、ここ、なんだか生活の匂いがしますね」
アイリアは、ひび割れた土器を指差しながら、不思議そうに呟いた。その声は、どこか遠くをさまよっているようにも聞こえた。
俺は興奮を抑えきれず、その土器を手に取った。ひんやりとした感触が指先に伝わる。
「ああ、そうなんだ!生活道具が残ってるってことは、盗掘団もここまでは来ていないってことだ。これは学術的に、いや、歴史的な大発見だ!」
土器の破片を手に熱弁を振るう。
食糧を保存していたであろう貯蔵庫の跡。共同で使われていた水汲み場。子供たちが遊んでいたであろう広場。一つ一つの痕跡が、この都市に生きていた人々の息吹を伝えてくる。まるでタイムスリップしたかのように、当時の人々の営みを想像し、その知識のピースを繋ぎ合わせていく。
この地下都市は、単なる廃墟じゃない。生きている歴史の博物館なんだ。
土器の様式や、そこに描かれた模様から、当時の暮らしぶりを推測していく。食糧を保存していた跡から、彼らが農耕民族だった可能性を探り、子供が遊んでいたおもちゃの破片から、彼らがどんな遊びをしていたかを想像した。
その時だった。
「…ん?なんだ、このスケッチは?」
居住区の壁の一角に、奇妙なスケッチが描かれているのを見つけた。粗雑な線で描かれた人々の姿。その表情は苦痛に歪み、体中には不気味な黒い斑点が広がっていた。
それは、まるで病気の記録、あるいは、その病に苦しむ人々の悲痛な叫びを、後世に残そうとしたかのような絵だった。その絵から、この都市に何らかの疫病が蔓延していた可能性を感じ取った。
そのスケッチを見た瞬間、アイリアは顔色を変えた。透き通るような白い肌は、さらに青ざめ、瞳には恐怖と、そして深い悲しみが宿っていた。
彼女は、まるでその絵が、自分自身の過去を映し出しているかのように、壁から顔を背け、俺の服をぎゅっと掴んだ。その震える小さな手は、彼女が感じているであろう不安を雄弁に物語っていた。まるで、彼女自身がその「病」を知っているかのように。
「大丈夫だよ、アイリア。これは昔の記録だ。怖いことはない」
俺は彼女の頭を優しく撫で、安心させるように語りかけた。彼女の不安を和らげるため、さらに奥へと進むことにした。すると、居住区の一角でさらに奇妙なものを見つけた。それは、この地下都市の歴史を紐解く上で、極めて重要な発見だった。
「おお、これは…!古代エルフと人間が、同じ墓地に葬られている!」
俺が興奮して叫ぶと、アイリアが真顔でツッコミを入れてくる。
「…リョウ、お墓で興奮するのは、ちょっとどうかと思います」
彼女のツッコミは、いつだって俺の興奮を冷静に、そして的確に打ち砕く。
「いや、違うだろ!共存していたことは文献にもあったけど、まさか同じ場所に葬られていたとは!これは、彼らが種族を超えて深く結びついていたことの、確固たる証拠なんだ!」
興奮して墓地に残された遺物や文字を読み解いていく。そこには、エルフと人間の間に築かれた、深い絆と共生の歴史が刻まれていた。
しかし、その中で、一つの奇妙な共通点に気づいた。どの骸骨にも、先ほどアイリアが見つけたのと同じ、不気味な黒い斑点が付着していたのだ。それは、この墓地に眠る全ての魂が、同じ「病」に侵されていたかのように見えた。
「まさか…この街の住人たちが消えたのは、この病のせいなのか…?」
一つの仮説にたどり着く。古代文献に記されていた「亡霊の都」とは、単に廃墟となった都市を指すのではなく、この「病」によって滅んだ都市の比喩だったのではないか?そして、この病こそが、高度な文明を誇った古代文明を滅ぼした原因の一つではないか?
俺の脳裏には、この地下都市の悲劇的な歴史が、鮮明に描かれ始めていた。
その時、背後から再び男の声が聞こえた。
「学者さんよぉ、墓を荒らすのは趣味が悪ぃぜ」
振り返ると、そこにいたのは追ってきていた盗掘団だった。彼らは、俺たちのことなどすっかり忘れて宝探しに夢中になっている。手には、墓から無造作に引き剥がされた金銀財宝が握られていた。
「待て!君たちは、この歴史の証拠を壊そうとしているんだぞ!この墓地は、この都市の歴史を物語る、重要な遺産なんだ!」
俺が怒りを露わに叫ぶと、男たちは鼻で笑った。しかし、その笑みには、どこか諦めのようなものが混じっていた。
「歴史?そんなもん、金にならねぇだろ!俺たちが欲しいのは、この地下都市に眠る…病を治す薬草だ!」
男たちの言葉に、俺はハッとした。彼らは、ただ金目のものを盗んでいるわけではなかった。彼らの目には、金への欲望だけでなく、何か切実な、そして悲痛な理由が宿っていたのだ。
彼らの言葉の真意を探るように問いかけた。
「病?まさか、君たちも…」
盗掘団のリーダーは、顔を歪ませて答えた。その声は、怒りよりも深い悲しみに満ちていた。
「そうだ!俺の妹も、この病に侵されてるんだ!なんでも、この地下都市に、病を治す不思議な薬草があるらしい。それを手に入れるまで、俺たちは絶対にここを離れねえ!どんな手を使ってでも、妹を救ってみせる!」
男たちの悲痛な叫びに、俺は言葉を失った。
彼らは、病に苦しむ大切な人を救うために、危険な盗掘行為を繰り返していたのだ。
彼らの行為は、決して許されるものではない。しかし、その根底にある家族を思う気持ちは、俺にも理解できた。俺は彼らの行為を非難するよりも、彼らを救う方法を考えるべきだと感じた。
「…俺は、薬草のことは知らない。だが、この病の正体なら、もしかしたら…」
そう言いかけた時、盗掘団のリーダーが俺の言葉を遮るように叫んだ。彼の目には、焦燥と、そして俺への不信感が宿っていた。彼は俺の言葉を信じようとはしなかった。
「うるせぇ!お前らが持ってるその古文書に、何か書いてあるんだろ!さっさと出せ!俺たちは、もう待てねぇんだ!」
男たちは剣を抜き、再び襲いかかってきた。彼らの目には、もはや理性の光は宿っていなかった。彼らは、ただ妹を救うという一心で、狂気に駆られていたのだ。
逃げるしかない。アイリアの手を強く握り、墓地の奥へと走った。背後から、男たちの剣戟の音が聞こえる。彼らの悲痛な叫びは、俺の心に深く刺さっていた。
「…リョウ、あの人たち、さっきより悲しそうですね」
アイリアが、俺の顔を見上げながら呟いた。彼女の言葉は、いつだって俺の心を揺さぶる。彼女は表面的な感情だけでなく、その奥に隠された真実を見抜く力を持っている。
彼女の言葉に思わず苦笑した。
「いや、悲しそうじゃなくて、怒ってるだろ!早く走るんだ!」
アイリアの手をさらに強く握り、暗闇の中を走り続けた。この地下都市の謎は、単なる歴史の謎ではなく、今を生きる人々の問題へと変わっていったのだ。
この地下都市の真実を解き明かし、彼らを救う方法を見つけなければならない。
そして、その真実が、俺たちの旅の新たな目的となることを、俺は予感していた。
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