第5話 ノア・ポイント――禁じられた囁き
いつもと変わらないはずの教室は、異様な緊張感で張りつめていた。
毎朝の電光掲示板に映るはずの名前――学校始まって以来トップ、眩しい存在だった祐也の名前が消えていたからだ。
「ジン、お前、祐也が消えたから順位が上がってるぞ」隣の席の赤井千斗が小声で言う。
「……まあな」
ジンは、まったく笑えなかった。
「アイツは梅でも特別枠だろ。エリート養成所行きだって母親が言ってた。検定までには戻るんじゃないか?」
「たしかに別格だ。女に振られたくらいで将来は安泰ってやつか」
……俺らには、そんな余裕なんてない。
ジンの脳裏に、祭りの夜の光景がよぎる。
祐也とマナ――ただの恋バナにしか思えなかった。
なのにどうして、あいつが梅送りに。
「なあ千斗……ノア・ポイントって、知ってるか?」
その瞬間、千斗の表情が固まった。
笑みは消え、真顔でジンを見据える。
「お前……マジで知らないのか? その言葉、ここでは口にするな。誰かに聞かれただけで、スコアが激減する」
ジンの心臓がドクンと跳ねた。
昨日、俺は確かに検索した。ノア・ポイント――けれど何も出てこなかった。
「その話だけどな……けっこうヤバい」
「はぁ?なんだよ、それ」
「都市伝説みたいなもんだ。あの言葉を口にしたり、検索しただけでスコアが激減するって」
「……は? 俺、昨日検索したぞ」
ジンは慌ててデバイスを確認したが、数値は変わっていなかった。
「ネット程度なら大丈夫だろ。ただ――裏を探ったやつは、梅どころか“根の国”送りになったって噂だ」
「根の国? ……犯罪組織みたいなやつか? 今の時代にありえねーだろ」
「ジン、だから都市伝説だって。しかし、お前ほんと優等生っていうか、頭お花畑だな。けどな……チラッと話しただけで即退場、ってのは祐也を見りゃ分かるだろ」
教室のモニターが唐突に点滅する。
『全生徒、デバイスを同期してください。……笑顔を確認しました。ホームルームを開始します』
一斉に、教室中の生徒が無理やり張りつけた笑顔でモニターを見上げる。
その中で、ジンだけが冷たい汗をにじませていた。
――ノア・ポイント。
それは本当にただの都市伝説なのか。
ミナは、何かを知ってるのか?
授業が始まっても、頭の中は祐也のことと、あの言葉でいっぱいだった。
ふと視線を横にやると、ミナはいつも通りにノートを取っている。
けれど――気のせいか、その横顔はどこか「知っている」人間の表情に見えた。
教室のざわめきの中、ジンは小さく息を吐いた。
――検定まで、あと1カ月
次は自分の番だ。
祐也みたいに突然消えるのか、それとも“松”を勝ち取れるのか。
考えるだけで、背中に冷たい汗が流れた。
ノア•ポイント
その言葉の響きは、耳の奥に残響のようにこびりついて離れなかった。
まるで、まだ聴いたことのない歌の前奏のように——。
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