第9話
「この子はなんて美しい瞳を持っているのかしら」
ぼんやりとした意識の中で声がする。
「きっと村1番の娘になるわね」
「はは、世界一だろう」
聞き覚えのない男性の声と、聞き覚えのある女性の声。アシリアの両親だろうか。
肝心の私は目が開けない。正確には眩しくて目が開けられないと言った方が正しいだろうか。
心地よい風が吹いてくるのを感じる。日は穏やかに私たちを照らしているようで、遠くから鳥の鳴き声がする。
「あの子のことは残念だったけれど、私たちがあの子の分までしっかりと育てるから」
「いい子に育つんだぞ、アシリア」
あの子って誰のこと、と聞く前に、私の意識はまた遠ざかっていった。
――
――――
「アシリア」
私が再び目を覚ますと、ネクロが私の顔を覗き込んでいた。
「……あれ、ネクロ」
周りを見渡すと、先程の草原ではなくどこかの部屋のようだった。見慣れない部屋だ。
「気分はどうだ」
私は先程の夢のことを思い出す――が、記憶がぼんやりとしていて、なにか思い出しかける度に手のひらをすり抜けていくように忘れていってしまう。
「悪くはないよ。それより、ここは?」
「ピアティーノ町の中だ。あのあと気絶してしまったから俺が運んだ」
「……ほんとごめん」
出会ってからずっとネクロに迷惑しかかけてない。
「謝るな、仲間が倒れたら運ぶだろう。それと聞きたいことがあるんだが――」
「おお、目を覚まされましたか!」
いきなり高らかな声が聞こえてぎょっとする。声のした方を見れば、数人の男女が私たちを見てキラキラと目を輝かせていた。
「ご気分はどうですか?」
「いえ、特には」
「よかった!大怪我を負っていたら大変だったもの」
「連れの男性も怪我がなくて良かったです」
「これでもう脅威は無くなったんだ!今日は宴を開こう!」
「ちょ、ちょっと待って」
話についていけない。ど、どういうこと?
それにネクロは怪我をしてたはずじゃ、とネクロの方を見る。
しかし、ネクロには傷一つ付いていなかった。
暗い中でも分かった頬の傷は跡も残らず消えている。
「ねえ、ネクロ怪我してたよね?」
「……それについても話がしたい。すまない、少し席を外してくれないか」
ネクロがそう言うと、
「いきなり押しかけた無礼をお許しください、失礼いたします!」
と男女は退出していった。
まるで嵐みたいだった。
「アシリアが魔法を使って魔物を倒したあと、同時に俺の怪我も消えていたんだ」
「え? でも私、治癒魔法とか使ってないよ」
「戦闘に慣れていないとは聞いていたから、同時に2種類の魔法を使うことは不可能だろうとは思っているが」
ふう、とネクロが息をつく。そしてカーテンの掛けられた窓際に立った。
「それと、もう1つ。ここしばらく空が暗かったのは知っているだろう」
「うん。それがどうかしたの?」
ネクロは私のその言葉を聞くと、カーテンを開けた。
そこには真っ暗な空ではなく、少し群青めいた空が広がっていた。
……すこし、明るい。
「アシリアが魔法を使用して気絶したあとから空の明るさが変わった」
確実に因果関係があるとは言いきれないが、とネクロは付け足す。
確かにあの時使ったのは目くらましの魔法だ。光を放出して目をくらませることでネクロのサポートが出来ればいいと思ったのだが、コントロールを謝って思ったより光を放出してしまい、流れで魔物も倒してしまった。
その時の光が関係しているのだとしたら、私の家系の魔力の力が強すぎるってことになる。
「――なにか秘密でも持っているのか?」
ネクロに問われる。
人にあんまり言わない方がいいとは思ってたけど、ネクロは一緒に旅をすると約束してくれた大切な仲間だ。正直に言った方がいいかもしれない。
私はこの力について話すことにした。
――
――――
同時期、北の果てにて――
ガシャリと音を立てて、テーブルに置かれていたワイングラスが床に砕け散った。
なんなの、なんなのあの女は!
大きなマントを翻しながら大股で部屋を歩き回る。輝かしい金髪のボブに燃え上がるような灼熱の瞳を持つ彼女は、苛立ちを隠せないでいた。
「同じ場所で生まれたのに、なぜ私は何も得られずに、あの女は全てを持っているの……!」
彼女は憤っていた。空の光のエネルギーを使用しこの世界を乗っ取ろうとしていたのに、突如旅に出たあの憎き女のせいで計画が狂ったのだ。
“世界の終焉”などと呼ばれているこの光を失った現象は、彼女が空一面に展開した結界を利用して光を吸収していたのが原因だ。
しかし、彼女が強大な光魔法を使用したせいで、結界に修復できない綻びが生じてしまった。
光魔法は戦闘やサポートに渡って何でもこなせる万能の魔法だ。しかし使い方は随分前に資料が燃やされ残っていなかったはず。何処でその力を手に入れたの?
「私がどんなに泣き叫んでも、あの女は私に見向きもしなかった。私を死んだことにして、森の奥深くに捨てた」
彼女の瞳は、ずっと復讐の炎に燃えている。
「そっちがその気ならいいわ、こっちにだって策がある」
どんな手を使ってでも、絶対に殺してやるから。
――
――――
「旅人様の功績に乾杯!!!」
かんぱーい、と賑やかな声が続く。
ピアティーノ町は発展はしていないものの、活気は城下町に負けず劣らずと言った感じだった。
「いやあ、助かりましたよ。あのバケモンみたいな魔物のせいでみーんな物資を届けてくれなかったんです」
「さっき通達が来て明日までに送ってくれるみたいです。ようやく食料の心配をしないですみますよぉ〜」
どうやら私たちが対峙したあの魔物は少し前からあの場所に住み着き始めた厄介者だったようで。戦闘に長けた者に討伐をお願いしようとしたが、何せこんな田舎にわざわざ出向く人がおらず、町の人達は頭を悩ませていたそうだ。
そこに私たちが来てすぱっと倒してしまったから、私たちは今英雄みたいな扱いをされている……らしい。
「それに光も少し戻った。今日はなんて最高の日だ!」
「まだ照明がないとみんなの顔は見えづらいけれど、真っ暗よりは随分マシだな」
みんなが楽しそうにしている。なるほど、勇者とか物語の主人公はこういう皆の笑顔を沢山見れるからこそ頑張れているのだろうか。
もしそうなら私も同じ気持ちだ。
「ネクロ、楽しんでる?」
「……いや、あまり大人数でこう騒ぐのは性に合わないな」
宴の賑やかなノリに乗っかって話しかけたら意外にやつれていた。物静かな性格だしそんなことだろうなとはちょっと思ってたけど。
「席外してもいいよ、私が伝えておくから」
「すまない。少し外す」
ネクロはふらふらと人のいない方向に歩いていった。
「アシリアさまー、一緒に写真撮りましょー!」
呼ばれる声に対応して、町の人と宴を楽しむ。
今日はそんな感じで1日が過ぎていった。
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