第2話 引き裂かれた二人

そうして修道院に滞在して半月程立った頃、突然王太子殿下がお見えになり、旦那様と私の離縁が決まったと伝えられました。

理由は数日以内に聖女降臨のご神託があったためです。

聖女はあらゆる奇跡を生む力を持っていて、その身は王家で手厚く保護することが決まっています。

その力で先ず旦那様のお体を治してもらい、その功績として王家の血筋を持つ旦那様の妻として迎える事が決まったそうです。

これで旦那様の体が癒えて辛い状況から解放されると、王太子殿下はまるで自分の事のように喜んでいらっしゃいます。

殿下自らこの朗報を旦那様に知らせるのだと嬉しそうに修道院を後にされました。


私はこのまま侯爵邸に帰る事は許されず、修道女として修道院に留まる事になりました。


いそいそと修道院を後にした王太子殿下に後を託された殿下の側近から、旦那様の事情を聞かされました。

事故で頭を打って以来、聴覚が異常に敏感になり、少しの音でも大変な苦痛である事。

女性の高い声が特に辛い事。

馬車に乗るのと自身が声を出す事が最大の苦痛である事。


当時婚約者だった公爵令嬢は、事情があるにせよ変わってしまった旦那様の態度に戸惑い、耐えきれずに婚約を解消した事。その後、留学してきていた隣国の第二王子妃に望まれて嫁いだが、二人が国を出るまでの間、婚約者への態度や扱いの酷さを詰られ、ひどい噂を流されて社交界へ出る事は無くなった事。

侯爵位を継いだばかりで、体の状態を公に明かす事が出来ない事と、旦那様自身が沈黙を貫いた事で噂に信憑性を持たせることになってしまった事。


私との縁談については、公の場でクリスティーヌ修道院長様に付き添う私を侯爵様が何度か見かけていて、甲斐甲斐しくお世話をする姿を好ましく思っている事を王太子様が気づいていた事、王宮の医療院の待合室で同席した際、言葉を交わさずに意思疎通が出来ているように見えたことと、立ち居に音を立てない事、同室に居て私の声が聞こえていても旦那様が苦痛を訴えず、私をずっと目で追っていたからだと聞かされました。


(フォルリ侯爵がソフィア夫人を多少気に入っているとしても、体を治してくれる聖女の方がフォルリ侯爵にとっては圧倒的に有益なのだ。彼を想っているのなら素直に身を引くように。

もしも子が出来ていたら修道院で子育てできるように手厚い待遇を約束する。

事情を考慮し、養育・教育にかかる費用は王家の負担とする。

ソフィア夫人の実家のヴォーグ侯爵家を子が継げるように計らうので、くれぐれもフォルリ侯爵と聖女の邪魔をしないように。)

そう書かれた陛下からの親書も渡されました。


陛下も王太子殿下も、甥であり従弟である旦那様を家族同然に大切にされていらっしゃいます。

旦那様のためだと言われれば身を引くしかありません。

私はそのまま修道女の住まうエリアに移され、修道女の認定後はここから出る事は許されません。


それを聞いたクリスティーヌ修道院長様はすぐに王宮に向かい、国王・王妃両陛下へ直接抗議をして下さいましたが、陛下は旦那様を本当に思っているのなら、身を引くのが当然と取り合ってもらえなかったと涙ながらに私に何度も謝って下さいました。


修道院長様が謝る必要などありません。旦那様はお体が癒えてお幸せになり、私はまたここで

修道院長様のお傍で穏やかに暮らせてみんなが幸せになるのです。

そうお伝えすると修道院長様は私を抱きしめて下さり、そっと涙をぬぐって下さいました。

私は泣いていたようです。


次の日、旦那様が修道院にいらっしゃいました。

苦痛のはずの馬車に乗って、祭壇の前で祈りを捧げていた私を見つけ、倒れそうな程の頭痛があるはずなのに大きな声で名前を呼びました。

「ソフィア!」

この時、私は旦那様のお声を初めて聴いたのです。


修道女の住まうエリアには王族であっても立ち入る事は出来ません。

私たちの間は柵で隔てられ、柵の間から旦那様の手が差し伸べられましたが、その手を取ることは許されません。

お体が癒える事を何よりも喜んでいると伝えたけれど、聖女様とお幸せにとは言えませんでした。止まらない涙を見られないように俯いている私の頬に、精一杯伸ばした旦那様の手が触れます。


クリスティーヌ修道院長様がそばにいらして、旦那様に手話のノートを渡しました。

そして静かな声でお話しされました。

秘匿していた自分の耳と言葉が不自由な事。

私の手話に救われた事。

急な王家からの縁談で引き離されたクリスティーヌ修道院長様のために手話のノートを作った事。

手話は社会貢献として有用であるのだからこれを正しくソフィアの功績として欲しい事。


旦那様は話を聞く間、ずっと私の手を握ってくださいました。

「必ず迎えに来る」

そう言って帰っていく背が見えなくなるまで私は動けませんでした。

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