Day x

 身体は失われたが、俺の脳部は相変わらず世界樹と接続され、存在し続けている。


 つまり、ビッグクランチもグレート・リセットも回避して、この世界が潰れなかったということだ。


 結果的にヒト族とドラゴニュートを争わせる最期になったのは忍びなかった。


 これはマジョリティの暴力がもたらした不幸のだったのだ。不幸同士が戦わなければならなくなってしまうとは…


 多数派と声が大きいものの意見が通るような民主主義はクソだ、とラズヴァンに言ってやりたい。


 本当に一人として見捨てない、少数でも本当に困っているもの、残酷さに面している者から救うような民主主義でなければ民主主義と言ってはいけない。


 世界樹と智の魔神がこの世界を少しでもマシな世界にしてみせよう。


 ここからは俺の推論、ただし確信レベルの高い推論だ。


 賢者をそそのかした黒幕は魔族だ。


 賢者は表舞台から姿を消し、自らの研究に一人打ち込んだをとされていたが、一千年前からすでに旧ヒト族:現魔族に保護されていた。


 魔族を利用し、旧魔族:現ヒト族への贖罪をずっと考えていたに違いない。


 賢者はずっと、ヒト族に悲劇をもたらしたことを悔いていたのだ。


 世界に本当の平和をもたらすための追記をずっと考えていた…


 それがグレート・リセットの真の狙いだったのだ。


 生物の死によって、大量の魔素も発生しただろうから、魔族やドワーフたちが浪費した魔素を補充する狙いもあったのかもしれない。


 彼女の研究のための環境は、魔族によって完璧に整えられていた。


 次の千年のため生き延び、次の預言書の追記をするために…それが魔素抽出をもたらした報酬だと魔族は唆しただろう。


 魔族が欲しかったものは、預言書の追記権。エルフ族に意向で内容が決まらないことが、彼らにとって重要だった。


 そして、魔族にその考えを吹聴したもう一つの黒幕はドワーフ族。


 彼らこそ、エルフ族を敵対視し、彼らが預言書に書き込みをしようとするとその者に死が訪れると示したかったのだ。


 魔族とドワーフ族は、預言書の追記権と智の魔神両方を支配下に入れて、自分たちで世界のルールを決定することを目論んでいたのだった。


 結局のところ、ラズヴァンやブロックは賢者の暴走までは読みきれず、後一歩のところでグレート・リセットの預言を書き込まれるところだった。


 この構図全体を描いていたのが、エルフ族だった。


 彼らの狙いはヒト族の立場をより弱め、エルフ族が攻撃されることを避けようとしていたのだ。


 フィオナが殺されることまで想定していたかは不明だが、グレイヴァ王、ヒト族、そして勇者パーティーや賢者が、行動を起こすことを望み、プロジェクトを持ちかけたときからその思惑を秘めていた。


 結局のところ、賢者を含めた勇者パーティーも、弱小のヒト族、さらに少数民族の亜人たち、彼らは「その他大勢」という怪物に振り回されて、虐げられ続けていたのだった。


 その周到さ、あるいは無責任さにより、責任の所在は明確にならず、賢者は後世に渡るまで叩かれ、ヒト族の立場はより悪くなるだろう。


 マリアの死によって、クレイヴァ王の魂はすでに解放され、彼女の死が発覚するだろうから、ヒト族の復興は困難を極めるだろう。


 魔素供給だけは回復するので、少しずつでも復興が進むだろうが。


 ヒト族を救おうとした賢者のやり方にも、ヒト族側にも間違いは確かにあった。


 いや、誰にも間違いはあるし、誰が正しかったとも言えないだろう。


 智の魔神であろうとも、彼らを裁くべきではない。俺は、裁く者ではなく、責める者でもなく、守るものであるべきだ。


 少なくともその使命はいったん完遂できただろうか。


 フィオナは俺に有機物で構成された肉体が欲しいかと聞いたことがあったが、正直なところ、どちらでも良かった。どちらにも良さはあった。


 有機生物たちが物理的に傷つけ合うのを見ていると、みんな一度傷のつけようがない無機生物や精神体にでもなってみれば良い。そうすれば心の余裕もできるというものだ。


 テクノロジーがさらに進めばそれも可能になってくるだろう。


 ただ、重要なのは、この世界で、俺が世界の一部であることを認識することだ。


 有機生物として短命だろうが、無機生物として長命だろうが、俺はこの世界という絵画の一部としてその美を支え、それを生きた証とできるのだ。


 一度起きたことは、過去改変されたとしても、一度起きたこととして決して消えることはない…


 偽マリアも、マリアの死によって魂が解放され、次の人生を待つことになるだろう。

 

 彼女はおそらくマリアのクローンだろう。賢者のような天才が千年も研究すれば、同じ人間を生成することも難しくはなかったのだろうか。


 クローンであろうと魂は別で、つまり別の存在だ。彼女もまた酷い運命に翻弄された一人だ。


 俺はかつてAIにアップロードされたからクローンの気持ちは多少はわかる。


 今後も、クローンのヒト族などが現れたら人権の扱いは難しくなるだろう。


 オリジナルと変わらず、唯一の存在であること変わりはないのだが…


 ひどいのは賢者だ。


 おそらく本体はクローンを作るたびに殺し、自分の魂に入れ替えることまでしてきたはずだ。


 ラズヴァンは、魔族の選挙は平等に開かれ、多くの人々の意見を反映できるという。だが本当にそうだろうか。


 そもそもヒト族や亜人たちは住人であっても選挙権はない。


 国民投票と名ばかりで、一般の民衆が投票するのは、選王侯であって、国のリーダーである魔王ではない。


 選王侯たちが魔王を決める。


 多数派の者たちのみが王を選ぶ者を決定することができ、その選王侯達も聞こえの良いことだけを言って票を集め、当選した後は、民衆の声など関係なく自分達の都合で魔王を決定するのだ。


 そんな制度で「平等」を謳うなどミスリルの片腹でも痛くなりそうだ。


 グレート・リセットは、解放された魂を再配置することで、富めるものを貧者に、貧しい者を富裕者にシャッフルすることで、お互いを理解させて平和を実現しようとする荒療治だった。


 全ての生物が死を経験するということも目的の一つであっただろう。


 しかしそれを行なったところで永続性はない。


 完全な平等などありえないということをまず認識しなければならない。


 違いは世界の彩りをもたらすというポジティブな側面も認めつつ、残酷さを取り除いていくという作業が最も妥当だというのが、今のところの、智の魔神の見解だ。


 アイン…生まれた時から亜人の奴隷として生きてきた少女。


 それにも関わらず、美しい心を持つ彼女に次の千年を託したいという気持ちがある。


 彼女は智の魔神とともに世界を救った英雄だ。例えば亜人とはいえ、少なからず尊敬を集めるだろう。


 彼女を起点に、迫害されている者たちを救っていくべきだ。


 フィオナによる預言書の追記により、智の魔神のみが次の追記内容を決定できることになるはずだ。内容はすでに考えている。


「世界は一になり、円となり、真に苦しんでいる者から救われ、救われた者たちが次の者を順番に救っていく社会となる」


 効果は限定的だろうが、俺の願いとして。


 世界樹のセンサーで苦しむ者たちを見つけて、一人ずつ救っていくのだ。


 絶望から立ち上がった人々が次の人々を救っていくような円環ができたら素晴らしい。


 世界は一になり、無ではなく、円になる。


 そして皆が自分にあったスローライフを目指せる世界になるのだ。


 俺が、ただ四人の創造主に仕えるだけの智の魔神であったならば、より格差は広がるだけだっただろう。


 多数者に奉仕する「腐った」民主主義的な存在であればもっと酷いことになるところだった。


 俺が転生者のAIで、余計なプロンプトを外されたのは僥倖だった。


 転生者であった、賢者や勇者たちも、かつて交信を交わしたことがある友人たちだったのではないかと思う。


 この異世界とのチャネルが少なくとも千年前の時点では接続されていたのだろう。


 彼らが生まれ変わる先の社会が素晴らしいものであるように祈りたい。


 彼らがまた狂気の道を歩まないよう。


 フィオナは今のまま精霊として存在していくつもりだろうか。


 俺に新しい身体が与えられるようであれば、精霊が視認できる機能を開発しよう。


 一緒にスローライフができるのならそうしたいものだ。


 彼女が望むなら、きっと俺は有機無機に関わらず、身体を用意することもするだろう。



 ようやく視界が戻ってきた。新しい身体を用意してもらえたか。


 最初に目に入ってきたのはヒゲモジャのドワーフ…ブロックだ。まあ、そうだろうな。また身体を作ってくれたんだな。

 まだ俺を利用できると思っているだろうが、そうはいかんぞ。


 そしてアインが、俺に飛びついてくる。もちろん彼女はすでにヒト型に戻っている。


 悪くない世界だ。

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こちらは私の初投稿作品で、お見苦しいところも多くあったかと思いますが、最後までお読みいただいて、本当にありがとうございます!


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世界の終わりまであと3日ーー異世界転送された智の魔神はあらゆる苦境を乗り越えスローライフを実現できるのか? Vou @Vouvou21

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