第28話 礼が生む距離、愛が退く距離
深夜。
「殿下、確認しました。県令が送ってきた食糧には細工はありません。皆に配っても大丈夫です。」
二は茶を注ぎながら、淡々と報告する。
「それから六にも伝令を飛ばしました。……おそらく今夜には下流の堤防が爆破されるでしょう。」
「……
珍しく真剣に
「殿下のアプローチってダメなんですよ。結局『顔』と『厚かましさ』、その二本柱だけ。パターンが単一!」
顔。厚かましさ。単一。
一語ごとに矢のように突き刺さり、
「もし殿下の地位に興味のある相手なら、まだ耐えてくれるでしょう。ですが皇子妃殿下は、地位なんてちっとも欲しがってない……つまり彼女からすれば、殿下は退屈な人、ってことですよ。」
二はずずっと茶をすする。
「ひいっ……ち、違いますよ!今のは『もしも』の話!私が殿下を退屈だなんて、一言も言ってませんから!」
二は慌てて茶碗を置き、両手を振った。
だが
「……そ、それに。皇子妃殿下は今、きっと災民のことを考えておられるんです。こんな雨の夜に恋愛だの何だのって、気分になれるわけないじゃないですか。」
「……いや。秋音の心には、別の何かがある気がする。」
外は滝のような大雨。
その音を背に、
「
ぱん、と傘を払って畳み、柱に立てかける。その瞬間――視界に飛び込んできたのは、上着を半分脱ぎかけて固まる
「あっ……ご、ごめんなさいっ!」
「……お嬢様。どうぞおかけください。」
「こんな時間に、わざわざ何のご用ですか?」
「
わざとだと分かっていても、
「だって、あなたは私のことを『皇子妃殿下』なんて呼ばないで、ずっと『お嬢様』って言うじゃない。もしかして、あなたの後ろにいるのは父様?西都の軍営を混乱させて、沈家が謀反を起こそうとしてるんじゃないの?」
……そうか。だからあの日、彼女は俺を庇ったのか。最近もよく視線を感じてたけど……全部誤解だったんだな。
「や、やっぱり図星?健やかな男子が、そんなにビクッとしちゃって!」
「へえ、俺が健やかな男子だって、ちゃんと分かってたんですね……それなのに深夜にこんなふうに俺の幕舎に来て、危なくないと思いました?」
「布巾は清潔です。男女の礼は守ります。ただ、あなたが自分を傷つけるのは見ていられない。」
添える声は、不思議と優しかった。
……礼をわきまえて、直接は触れない。
この人の背後にいるのは誰?もしこんなことがなければ――父様の言うとおり、きっと文で道を切り開いていける人なのかもしれない。
「……私の背後にいるのは
「私ね、ずっと考えてたの。もしあなたたちが軍営を握ったら……水害が収まった後、府衙をも支配できる。少しずつ隣の城を侵食していくこともできるし、
あの日『全城の反乱』とあなたは言ったけど、雷みたいに大きな音だけして、すぐに
「……そこまで読んでいるのに、なぜ三皇子殿下に伝えない?やはり、私の背後が
「
そして真っ直ぐに彼を見据える。
「でも――あなたには言っておく。父も母も今も都で、あなたが科挙で状元を取る日を待ってる。だから、自分の道を見誤らないで。」
傘を手に取り、彼の返事を待つことなく、
その頃、
二は「もう少し距離を取ってみては」と進言していた。熱心すぎると相手に息苦しさを与える、と。
しかし、
そして――
「
大雨はすでに小降りになり、細かな雨粒が幕のようにふたりを隔てていた。
「話をしてただけよ。それ以外に何があるっていうの?」
「……ほんと、バカみたいな質問。」
「
「
「もちろんだ!」
……二の言う「距離」や「余白」を守るなら、これ以上は踏み込むべきじゃないのかもしれない。
そう思いながらも、
彼が黙って傘を差し続ける中、
菓子箱を開き、一つ取り出すと、くるりと振り返って
「ほら。まずはあなたが食べてみて!」
口いっぱいに広がる甘み。雨の帳の中、自然と笑みがこぼれる。
「……お菓子一つでそんなに嬉しそう。」
「
「言えない。でも……あなたを裏切るようなことは絶対にしない。」
「……分かってる。」
「おかしいわね。普段は口数が多くて、しつこいくらい喋るのに。今日は妙に静か。てっきり『焼きもち焼いてる』とか言うかと思ったのに。」
「……二に言われたんだ。私は
ぷっと
「ふふ、
「違う。私に大事なのは、
……やっぱり口は軽い。でも、今の言葉は――本物だ。
彼女はそう分かってしまった。
もし
目の前の
私に距離を与えてくれるようになったのかもしれない。
……愛?どうして私は、当然のように「
「ほら、急がないと。子どもたち、もう眠くなっちゃうわよ。」
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