【世界最強の時空魔法使い】~マジックバッグを買ったから荷物持ちしかできない奴は不要とパーティを追い出されたけど、ボク、最強になったよ?~

くーねるでぶる(戒め)

第1話 追放と無力感

「ペペ、お前をこのパーティから追放する!」


 サンドバッグが吊るされ、多数のナックルダスターなどが壁に飾られた部屋の中。その中心に位置する大きなテーブルの向こう。パーティのリーダーであるイグナシオがご自慢の金髪リーゼントを揺らして宣言する。


「え……?」


 追放……?


 ボクはいきなりの強い言葉に困惑するしかなく、助けを求めるようにイグナシオの部屋に集まっていたパーティメンバーたちを見渡した。


 パーティーの防御の要である全身鎧を着た大男。『巌』パウリノ。今はヘルムを脱いで、腕を組んでボクを睨みつけていた。


 神の奇跡と呼ばれることもある治癒魔法の使い手。『救いの手』ロレンソ。その手は酒瓶を握っていて、どうでもいいとばかりにボクと目を合わせようともしない。


 パーティーの斥候役で、アサシン。『影絵』ルチア。伸ばされたブルーブラックの前髪の間からは、ボクを非難するように鋭い視線を送ってくる。


 数々の魔法を操るパーティの最大火力。『一騎当百』マルティーナ。完全にボクを見る目は冷え切っている。まるで汚物でも見るような目だ。


「そんな……」


 突然のイグナシオの宣言。


 でも、みんなもイグナシオの意見に同意なのか、誰も反論はしなかった。むしろ、やっとかと言わんばかりの雰囲気すら漂っている。


 ここまでくれば、ボクの鈍い頭でも理解できる。もう誰もボクがパーティに残ることを期待してくれていない。


「お前さ、今まで自分がまだ必要とされているとでも思ってたのか?」


 イグナシオの言葉が心に刺さる。


「誰もお前なんか必要としねえよ。こいつさえあればなあ!」

「それは……!」


 それは何の変哲もないただの革のポーチに見えた。でも、ボクにはわかる。だってあれは――――!


「マジックバッグ……!」


 それは、見た目以上に物が入る魔法の鞄。しかも、中に入れた物はまるで時間が止まったようにいつまで経っても腐ることがない。


「そうだ! こいつさえあれば、マジックバッグ以下の性能しか持たないお前なんていらない!」

「もうダンジョンで日の経ったまずい飯を食う必要もない」

「せっかく持ち帰ったモンスターの肉が腐ることもないでしょう」


 イグナシオに同調するようにパウリノとロレンソが口を開く。


「で、でも、マジックバッグのように完全に時間を止めるのには魔力の消費が……」


 ボクは恐怖を押し殺して、震える唇で辛うじて反論する。


 そう。ボクのギフトは時空魔法。時空を操る魔法を使うことができる。その魔法を使えば、マジックバッグの真似事はできる。


 でも、マジックバッグのように完全に時間を停止させると、消費する魔力が増えて、空間にたくさんのものを収納できなくなってしまう。


 だから、これまでボクは劣化マジックバッグとしてパーティに貢献してきたつもりだった。


 どんなに他の人に『荷物持ち』、『腰巾着』とバカにされても、ボクは役に立っていると、そう思い込んでいた。


「これで戦闘できない役立たずはいなくなる」

「マジックバッグは少し値が張ったけど、あなたに報酬を払うよりよっぽど有意義よ」

「で、でも! ボクの報酬はみんなの十分の一以下だし……」


 ルチア、マルティーナの言葉に反論するようにボクは口を開く。


 でも、すぐパウリノに睨まれて言葉は力を失くしていった。


 ボクは荷物を収納するから戦闘で魔法を使えない。戦闘ができないからと報酬を十分の一にされたし、最近は報酬を貰ってもいない。


 その時、ボクは嫌な予感がした。


「ひょっとして、ボクの報酬を減らしたのって……?」

「言ったでしょう? あなたに報酬を払うよりよっぽど有意義だって」


 そう言って含み笑いをするマルティーナ。


 やっぱり、ボクの報酬をなくしたのはマジックバッグを買うためだったのか……。


「なんでそこまでして……」


 つい口から零れてしまった言葉。その言葉に部屋の雰囲気がガラリと変わる。


 今まではどこか達成感を感じさせる和やかな雰囲気だったが、一瞬にして刺々しいものに変わってしまった。


「お前、それ本気で言ってるのか?」


 イグナシオがキツイ目付きでボクを睨む。


「俺たちが命懸けでモンスターと戦ってる時、お前は何してた?」

「それは――――」

「またお得意の時空魔法で荷物持ってるから戦えないってか?」


 そこには隠し切れない悪意があった。


「で、でも、それは本当のことで――――」


 ボクはすべての魔力をマジックバッグの模倣に費やしている。だから、ボクに戦うための魔力なんて残っていない。


 でも、ボクも悪いと思っているから報酬の大部分を減らすことに同意したし、報酬が貰えなくても我慢した。


 嫌味を言われることにも慣れたし、気晴らしに殴られるのも耐えた。雑用でもなんでも一生懸命こなしてきた。


 それに、僕が戦えない理由はみんなわかっているはずなのに。


「わかっててボクをパーティに誘ってくれたんじゃないの?」

「始めは認めていたさ。だが、いつまで経っても成長しない奴をパーティに置いとくわけねえだろ」


 ボクだって成長していないわけじゃない。作れる空間もだいぶ広くなったし、時を止められる時間も増えてる。


 でも、それでも彼らには不十分だったのだろう。


 イグナシオが吐き捨てるように言う。


「挙句の果てには、その荷物持ちすらできないなんて言い出しやがってよお」

「それは、みんながボクの容量以上の荷物を持たそうとするから……」


 ボクの魔力は当然だけど無限じゃない。荷物を収納する空間を作って、その空間の時間を止めるとなると、かなり魔力を使う。ダンジョンに潜る時はいつも収納できる量を取るか、時間を止めて空間の質を取るか頭を悩ませている。


 でも、それもみんなの期待を上回ることができない。


「言い訳ばかり。見苦しい」


 ルチアが呟くと、そうだと言わんばかりにみんなが頷いた。


 いきなりパーティ追放だと言われれば、ボクにだって言いたいことの一つや二つある。


 でも、パーティメンバーの誰もボクの力を求めていなかった。その事実は変わらない。


「わかったよ……。ボクは『タイタンの拳』を抜ける……」


 そんなボクの言葉も気に障ったのか、イグナシオが近づいてきた。


「抜けるじゃねえよ。なに一丁前な言い草してやがる。お前は追放だッ!」

「ごふッ!?」


 突然、腹部に走る衝撃と熱さ。


 殴られたと気が付いた時には、ボクはお腹の奥からせり上がってきたものを口から吐いていた。


「てめ! 汚してんじゃねえよ!」

「がッ!?」


 くの字に曲がった体を顔面へのアッパーで無理やり伸ばされる。


 ボクはそのまま吹っ飛びそうになるけど、イグナシオに首を掴まれて無理やり立たされる。


「ったく、最後までムカつく野郎だな、お前は。誰が今までお前なんかを使ってやったと思ってるんだ? オラ、立て!」


 また始まった……。


 恐怖で震える足を叱咤して自分の足で立つと、またイグナシオにお腹を殴られる。


「かはッ!?」


 今度は視界いっぱいに真っ赤なものを吐いていた。口の中が鉄の味でいっぱいになる。


「だからさあ! 汚すなって言ってんだろ!」

「ぐふッ!?」


 もうお腹は殴られたくなくて左腕でお腹を庇うと、ボキッと乾いた音が体内から響き渡る。


「なにガードしてんだよ? お前は、ただ殴られてればそれでいいんだ!」

「あがッ!?」


 格闘術に優れたイグナシオだ。本気で殴っていればボクなんて一発で死んでいるだろう。


 なのに殺さない。イグナシオに言わせれば、苦しんでいるボクを見ていると笑えるのだそうだ。


 そう。これはいつものこと。イグナシオのいつもの憂さ晴らしに過ぎない。


「ま、こんなもんにしといてやるか」


 それからどれだけ殴られただろう。全身がまるで燃えているように熱い。


「いいか、ペペ? よく聞けよ?」


 床に転がったボクは髪を掴まれて強制的にイグナシオの顔を見上げていた。


「お前は俺たちに多大なる迷惑をかけたんだ。そんな奴が抜けるよの一言で抜けていいと思ってんのか? どれだけ俺たちをイラつかせたら気が済むんだよ。ならどうすればいいのか、わかるよな?」

「……?」


 これ以上、ボクは何をすればいいのだろう。これ以上、僕から何を奪うつもりなんだろう。


 しこたま殴られてぼんやりした頭ではわからなかった。


「マジか。本当にわかんないのかよ。いいか? 金だ。俺たちには慰謝料が必要だ。これまでどれだけ迷惑をかけられたと思ってやがる? まずはてめえの装備を置いてけ。大した額にはならねえだろうが、売っぱらうからよ」

「……ぇ?」


 だって、ボクの装備は『タイタンの拳』のみんなに譲ってもらった大切な装備で……。


 今でこそ、ボクはみんなに嫌われているが、最初からそうではなかった。最初はみんなフレンドリーに接してくれたんだ。


 その思い出を胸に今日までがんばってきた。


 ボクにとってはただの装備じゃない。みんなと上手くいっていた時の象徴のような、心の拠り所なんだ。


 今は上手くいってないけど、ボクがもっと上手くやれたら、またみんなボクに笑いかけてくれる。そんな希望の結晶なんだ。


 それを売っぱらう?


「なんだよ? 文句でもあるのか?」


 できるなら勘違いならよかったけど、どうやらイグナシオは本気のようだ。


「わがりまじた……」


 歯を食いしばって、なんとかそう答えた。勝手に視界が歪んでいく。


「やだわ。泣いてる」

「気持ち悪い」

「女々しい奴だ」


 マルティーナに指摘され、ルチアとパウリノがボクを嘲笑う。


「それから慰謝料だ。金貨五千枚で勘弁しといてやるよ」

「ごせ……」


 あまりの金額に意識が飛びそうになる。ボクから装備を奪って、法外なお金まで要求するなんて……。


「そんなお金、ボクには……」


 ただでさえ最近は報酬を貰っていないから、ボクはあんまりお金を持っていない。そんなお金どこにもない。


「ないなら稼いで来いよ。その時空魔法でな。とりあえず、今週末までに金貨百枚だ。できない場合、わかるよな?」


 そう言ってボクのおでこを拳で突くイグナシオ。


 できなかったら折檻が待っているのだろう。


「あと、床が汚れたから掃除しとけ。装備を置いていくのも忘れるんじゃないぞ? みんな、行こうぜ」


 そう言って、イグナシオたちは部屋を出て行く。


「ロレンソ、ち、治癒を……」


 ボクはロレンソに縋るように頼み込む。


 何度も骨が折れる音がした。ボクはもうボロボロだ。最悪、死んでしまうかもしれない。


 だが――――。


「ペペ、あなたはもう『タイタンの拳』のメンバーではありません。私にあなたを回復する義務はない」

「そんな……」


 ボクにかけられたのはそんな冷たい言葉だった。


「正直、あなたに頼られるたびに迷惑していました。しかし、パーティメンバーが怪我をしていると私の腕が疑われてしまいます。ですが、これからはそれもなくなる。神に感謝せねばなりません」


 今までイグナシオにボコボコにされた後、ロレンソはいつもボクを治癒してくれていた。それはロレンソにとってただの面倒な義務だったらしい。


「慰謝料はよい考えです。私もあなたにしてきた治癒代を回収せねば。リーダーに金額の吊り上げも打診してみましょう」


 ロレンソはそれだけ言うと、部屋を出て行く。残されたのは、床で背中を丸めて息を潜めて泣くボクだけだった。

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