第8話
そしてそれを持った状態でT-Bone-Rexの方へと近付いていく。
ミノタンロスは戦闘に満足したのか、その場からノシノシと音を立てながら離れていった。
俺はT-Bone-Rexの体に触れて確認する。
骨が風に晒されて冷気を保っているかと思ったが、骨自体は生暖かく、本当に生きていたんだな、と言う実感を持たせてくれた。
さて、この骨の恐竜、何処の部位を頂こうか。
流石に、全部を丸ごと持って行く事は出来ないので、部位を選択しなければならないのだが。
「やっぱり、食べるとすれば……長骨辺りか?」
牛の骨髄を食べる時も、大腿骨辺りが骨髄が多く、食べるのに適している。
T-Bone-Rexの脚は太くて美味そうだが、鋸に歯を当てて切ろうとすれば時間が掛かるし、比較的柔らかい関節を狙って切ったとしても大腿骨が大きくて持ち運ぶのに時間が掛かってしまう。
「……食べれるの?それ」
と、ミフネが話しかけて来てくれた。
俺は頷いて、ミフネに話しかける。
「骨の中に身が詰まってるんだ、きっと美味い、俺の美食家としての勘がそう言ってる」
「……でもさ、食べるにしても、持ち運ぶのは流石に大き過ぎるよ?」
そう言われて、確かに、と思った。
骨を砕いて、骨髄だけでも掬うか?……いや、折角だからボーンマロウステーキが食べたいんだ俺は。
「調理をするのを考えると……デパートの立体駐車場が適してるかな、あそこなら見渡しが良いし、火を焚いても屋上だったら他のプレデターにも分かり辛い」
そうミフネが言うと、水着の中から甲殻類チップを取り出して口の中に含める。
「クルメ、あんたはそっちの方を切って、私は前足側の関節を切るから」
「っ!!ああ、任せてくれっ」
俺は鋸を使って大腿骨の付け根からT-Bone-Rexの関節に刃を突き立てる。
ゴリゴリと音を鳴らしながら、十五分程掛けて大腿骨を切断する事に成功した。
ごろりと、丸太の様な骨が転がると、それをミフネが軽々と持ち上げて歩き出す。
「その代わり、美味いと断言するあんたが作ってね」
「当然だ、調味料もあるしな」
俺はリュックの中に入れた調味料を叩きながら興奮していた。
立体駐車場の屋上は、晴れやかな空を堪能出来るロケーションだった。
屋上の中心にはテントが張られていた、前にここで一泊した先住民が居たらしく、焚火の痕と、料理をしたであろうフライパンが転がっている。
「じゃあ、私は周辺を見とくから、お願い」
ああ、と俺は頷いて早速、大腿骨を開けようとする。
俺はリュックの中に入れて置いたノミとトンカチを取り出して、大腿骨の切断面に向けてノミを叩き付けると、簡単に割れた。
あれほど、鋸で切断するのが難しかったのに、こんなに簡単に割れるとは思わなかったが、繊維に沿って切ったのだと思えば納得がいく。
料理でも、肉を切る際には繊維に沿って切れば簡単に切る事が出来る様に、あるいは、竹などを想像すればわかりやすい。
あれは、真横に切る分にはかなり硬いが、繊維の向きが縦になっているので、縦にして切れば簡単に切る事が出来る。
この大腿骨も同じ様なものなのだろう。
「うわ、凄い……」
大腿骨にはぎっちりと赤と白の二色が詰まっていた。
骨髄以外にも血液も流れているのだろうが、所々赤い線が混じっているのは、この線が筋肉と神経の役割を果たしているのだろう。
「よし……骨は割れたし、早速作るか」
俺は即座に火を焚く事にした。
テントの中には濡れない様に薪が入っており、先住民のプレゼントに感謝しながらそれを使用する事にする。
焚火をした後に、俺は豪快に焚火の中に大腿骨の半分を乗せた。
オーブンでじっくり焼く為に、デパートの中へと戻ると、持って来たのはレジャーグッズで置かれていたバーベキューセットである。
ドラム缶を半分に切ったバーベキューセットだが、これを使って大腿骨を焼くワケではない。
俺は大腿骨の上にドラム缶の半分を被せた、これにより熱を逃す事なく、ドラム缶の中でじっくりと骨髄に火が通る様になる。
「塩と砂糖、それと乾燥ハーブ類……オリーブオイルや油が使えないのは仕方が無いが、何とかなるな」
一度被せたドラム缶を外し、俺が作ったオリジナルのパウダーを骨髄に塗り込んで、再度ドラム缶を被せる。
「ねえ、まだなの?」
匂いが香ばしくなった所で、ミフネが急かす様に聞いて来る。
分かる、分かるよ、この煙に乗ったハーブ類の香ばしい匂い、食欲をそそらせるよな?
「悪い、もう少し待っていて欲しい」
じっくりと、中まで火が通り、骨髄がゼリー状になるまで徹底的に焼き上げる。
本来の300グラム程のサイズならば40分程で出来上がるが、その十倍以上もあるので時間も少し長引かせる。
一時間が過ぎて、ドラム缶の中でバチバチと脂が焼ける音が聞こえて来た所で、俺はゆっくりとドラム缶を開けた。
水蒸気と煙が混ざった匂いが周囲に散りながら、俺の前に現れる骨髄のステーキ。
更に香ばしさを追加させる為に、焚火で燃やした薪を使い表面に焦げを作る。
周囲を警戒していた筈のミフネが近づいていて、俺の料理の完成を待ち侘びていた。
「まだー?」
お預けを喰らったイヌの様に口の端から涎を滴らせるミフネの姿に俺は笑みを浮かべながら、リュックの中からスプーンを取り出した。
「完成だ、ミフネ……T-Bone-Rexのボーンマロウステーキだッ!!」
そうして俺は、これ程までに豪勢な料理を前にして、手を合わせた。
「すっご……ぷるぷるじゃん」
スプーンで掬い上げると、焦げの付いた骨髄がスプーンを持つ手の振動によって小刻みに震えている。
「表面を焼いた事で、見た目はプリンの様に見えるなぁ……」
ごくり、ぷるぷる震えるボーンマロウを、俺は「いただきます」、と言葉を交わしながら口の中へと迎え入れた。
「あー……むっ―――」
―――じゅわり、ごくっ。
(ッッッ!!え、なんだ……一瞬で、口の中に消え、っ)
なんだ、これは……本来有り得る筈の無い現象に苛まれる。
舌先に伝わる凝縮された旨味が、骨の髄から蕩けていく様な感覚。
(舌触りは霜降り肉を生で食べた様な舌先の熱で溶けていく感覚、顎の力なんて必要ない、じんわりと旨味が口の中に広がって噛む前にするりと飲んでしまった……一瞬の出来事、なのに、口の中に留まらず、食道、胃袋、其処から全身に迸る味の電気信号ッ、ボーンマロウの濃厚な味わいが、食べた後に広がって来るッッッ!!!)
一口食べただけで、脳内に流れ出す味の余韻―――、じんわりと文字通り、骨髄の味を骨の髄で味わっている―――っ!!
瞬間的に溶けたボーンマロウステーキ、スパイスで味付けをした事で、より一層香ばしく塩味が際立ち、濃厚な味わいを引き立てる。
「うん、美味いじゃん、これ」
ミフネはぱくぱくとボーンマロウステーキをスプーンで掬いながら口に運んでいた。
「……あぁ、美味い、なぁ」
感嘆の息を漏らすと共に、段々と俺の体に違和感と言うものを感じ取った。
「なんだ……う、おおおお!?」
そして、俺の尾骶骨の辺りから、筋肉と皮膚を突き破り、一本の尻尾が生え出す。
「な、え!?これ、T-Bone-Rex、の尻尾!?」
骨で出来た尻尾。
先端が尖っていて、刃物の様に鋭い。
関節ごとにトゲのようなものが生え揃っていて、俺の意思と共に自由に動かす事が出来る。
「おめでと、T-Bone-Rexと適合したんだ」
適合?……昨日食べた青色牙狼よりも、イカバラムツよりも、この尻尾の方が俺の体によく馴染んでいる感覚があった。
「訓練次第で、T-Bone-Rexの特性も使える様になるから、良かったじゃん」
「良かった……のか?」
俺は尻尾から生えた骨の尾を動かしながら聞く。
「当たり前でしょ、この世界に居るプレデターは数十万種類も居るんだから、その中で自分に適したプレデターを引き当てるって、中々無いから」
ボーンマロウステーキを食べながら、ミフネの説明に俺は頷く。
「そ、そういうもの、なのか……」
「とりあえず、食べ終わったT-Bone-Rexの骨は持って帰るよ、アナグラで加工して一口サイズにすれば、それを食べる事で変身出来るから」
ミフネが持ってたあのタブレットの様な大太刀望潮蟹みたいにして食べるって事か……。
「ふぅ……御馳走様でした」
ミフネが手を合わせて合掌をした所で、俺も同じ様に手を合わせる、「お粗末様でした」と、俺はそう告げると、T-Bone-Rexの骨を背負い出す。
「この尻尾、何時戻るんだろ……」
尾骶骨から生える骨の尻尾を動かしながら、何時間持続し続けるのだろうか、と俺は考えていた。
「暫くしたら消えるでしょ、ともかくお腹もいっぱいになったし……」
ミフネも立ち上がって、駐車場から舌を眺めた。
彼女の視線は、道路にプレデターが居ないか確認しているらしい。
「そろそろ行かないと、アナグラに」
そうだな、腹ごしらえも済んだ事だし……。
俺とミフネは駐車場から地上へ降りると、プレデターに注意をしながら歩き出し―――そして、ようやくアナグラへと到着したのだった。
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