第7話
「はい、取り合えずこれ、リュックに詰めといて」
デパートは無人だった。
多くの屍と、食品売り場で腐り切った食品の腐臭が漂うゴミ貯めの様な場所だった。
「けほッ……はぁ」
気が滅入ってしまう。
地面には何かドロドロとした体液の様なものが付着しているし、そこら中に転がっている骨は明らかに人骨だ。
それも自然死では無い、骨は砕けていたり、原形を留めていないものが多かった。
異世界からプレデターがやってきて、秩序と法律が機能しなくなって、このデパートで寝泊まりする者も居たのだろう、だが結局の所、このデパートにプレデターがやって来て、人を喰らったのかも知れない、それとも、このデパートを根城にしているのかも。
ああ、止めだ止め。
そんな事を考えていても仕方が無い。
俺は首を左右に振って、自分に与えられた仕事を忠実にこなす事だけを考える事にする。
デパートの三階で事前に入手して置いたリュックと衣服を着込んだ俺は、衣服の経年劣化を心配しながらも、調味料を回収していた。
流石にオイスターソースや、マヨネーズ、めんつゆと言った保存の効かないものは使えないが、塩や砂糖、乾燥したハーブ類は三十年が経過した今でもまだ使える代物だ。
それでも希少な品物であるらしく、調味料コーナーにはリュックの容量が比較的空いた状態だった。
「それじゃ、アナグラに戻るよ」
調味料を回収した俺はリュックを背負いながら、まだ持てるな、と思った俺は彼女に言った。
「ミフネ、リュックをもう少し入れても大丈夫だけど、他に持って行くものはあるかい?」
そう聞くと、ミフネは少し考える素振りをした。
彼女の頭の中で、仲間と会話をした事を思い出しているのだろう。
そして、ミフネはそう言えば、と思った事を口にした。
「クギとか、道具が必要って言ってた気がする、ほら、大工が使うアレ」
そう言われて、俺は了承した。
大工が使うあれ、と言う事は、トンカチとか鋸と言った道具の事だろう。
デパートの地図を確認して日用品売り場へと足を運び、俺は道具を回収してリュックに詰め込んだ。
少し重たいが、筋肉もりもりの今の俺ならば、このくらいなんともなかった。
「じゃあ今度こそ戻るよ」
ミフネの言葉に了解、と告げて外へ繰り出した。
「……隠れて」
ミフネがそう言うと、車の陰に俺は隠れる。
二人して声を殺しながら、一体なんだろうかと俺はミフネに視線を向ける。
……微かに、地面が振動している?
なんだろうか、と俺はそう思いながら車の窓から前を見た。
そして、建物の間から茶色の毛を生やした二足歩行の牛が歩いているのが見えた。
背丈は五メートルを簡単に超えていて、その腕の中には一振りの棍棒……もとい、電柱を握り締めていた。
それを肩に担ぎながら何かを散策している様子で、あんな化物も居るのかと俺は絶句してしまう。
「ミノタンロス……丁度良いや」
そう呟きながらミフネは腰を下ろした状態で歩き出す。
ミノ……タウロスか、確かにその見た目は神話上の話で出てくるミノタウロスそのものだった。
俺も彼女と同じ様に腰を下ろして、そのまま歩いて行く。
「ついでに、飯を回収しよう」
そうミフネは告げた。
飯……もしかして、あのミノタウロスを倒す気なのだろうか。
幾ら彼女が甲殻類に進化する事が出来る、と言えども、流石にあの大きなミノタウロスを倒す事など出来ないだろう。
「無茶ですって」
何とか考え直して貰えないか、懇願する様に言う俺に対してミフネは首を傾げる。
「いや、私が倒すワケじゃないから、あの道の方角、何が居ると思う?」
そう言われて、俺はようやく合点がいった。
確か、ミノタウロスが歩く方角に居るのは……ほねほねザウルス、もとい『T-Bone-Rex』。
即ち、ミフネはプレデター同士が戦闘をする事を予想しているのだろう。
そして、何方かが死ぬまで殺し合い、生き残った方は凱旋し、敗けた方は怪我を受けて弱体化をしている、と。
だから、ミフネはそれを狙っているのだ。
弱肉強食と言う世界の中で、勝者からのおこぼれを狙っているのだろう。
「期待するのはミノタンロスの肉、名前の通り、ミノとタンとロースが絶品」
「え?……あぁ、だからミノタンロスなんですね……」
どうやら俺は勘違いしていた。
ミノタウロス……改めて、ミノタンロスは、その肉質は牛に近しいのだろうか。
「……ごくり」
四つある胃袋の内の一つである、コリコリとした食感を味わえるミノ。
柔らかくジューシーな食べ応えのあるタン。
そして、肩から腰に掛けて肥大化した筋肉のロース。
あの肉体に旨味が凝縮されているのかと思うと、俺も再びお腹が空いてしまう。
「あ」
と言う言葉と共に、激しい音が響いた。
ゆっくりと屈んだ状態で、俺とミフネは接近すると、曲がり角の先で戦う二体のプレデターの姿が見えた。
大きな口を開き、T-Bone-Rexがミノタンロスの体に噛み付こうとする。
が、ミノタンロスは棍棒を大きく振り回して、T-Bone-Rexの顔面に向けて棍棒を叩き付けた。
一撃を受けたT-Bone-Rexの白い骨が罅割れて、周囲に破片が飛び散った。
痛ましい光景ではあるが、俺は何故T-Bone-Rexが骨の状態で動いているのか納得した。
骨の中身である、骨には骨髄と言った組織があり、血液を作ったりする機能を持つ。
なので、骨の中までたっぷりカルシウム、と言う訳ではないのだが、T-Bone-Rexの肉体は、骨の中に血液や筋肉が敷き詰められているのだ。
どういう状態かと言えば、甲殻類、蟹を想像してみれば分かりやすいだろう。
T-Bone-Rexの骨は単なる肉体を支える骨組みと言う役割以外にも、自らの肉体を護る甲殻としての役割を果たしているのだ。
骨の中身が筋肉で、繋がっているのだとすれば、骨の状態で動いている、と錯覚してしまうのも無理は無かった。
そして、頭部を破壊された骨の恐竜は狼狽える様に首を左右に振る。
だが、ミノタンロスは眩暈を覚えたT-Bone-Rexに向けて容赦なく電柱を叩き付けた。
何度も何度も、頭部の原型を留めなくなる程に、叩き続けた末に、T-Bone-Rexの頭部は磨り潰されてしまった。
「ぶふぉ、ぶほッ……ヴォァオオオオオオオッ!!」
そうして、ミノタンロスは高らかな顔を天へ向けて叫び出す。
強大な王者としての雄叫びが、大地を震撼させて鼓膜を破く程の音と化した。
「あーあ……骨の方が敗けたか」
残念、と言った様子で、ミフネは項垂れた。
どうやら、余程ミノタンロスの肉を食したかったらしい。
けれど、俺の関心はミノタンロスの肉では無かった。
T-Bone-Rexの頭部から噴き出たあの血肉が混ざった骨髄……一体、どれ程の旨味成分が凝縮されているのだろうか。
骨髄はフランス料理で良く使われている美食の塊だ。
牛の骨髄から採れるブイヨンでスープを作ったり、骨髄を絞り出して作ったソースと組み合わせたステーキ・フリットは絶品だった。
当然、骨髄そのものを食するボーンマロウステーキもある。
あれは牛の骨髄をオーブンで焼いたものだが、味付けによって深い味わいと共に心を満たしてくれる逸品だ。
見た目は恐竜の王、T-Rexであり、恐竜の肉など食べた事もない。
いったいどの様な味をしているのか、俺の脳裏に浮かぶ言葉は、食べてみたい、腹を満たしたい、そう言った欲で埋め尽くされていた。
「あの、ミフネ……俺、今から、あのティーボーンレックス、採って来ます」
「え?あんな骨を取ってどうすんの?」
そう言われるが、俺はリュックの中から折り畳み式の鋸を取り出した。
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