第4話

「起きたんだ、飯、食べた?元気出てる?」


 そう言いながら、彼女の姿は濡れていた。

 濡れている事で、スクール水着がぴっちりとしていて、彼女のボディラインが浮き彫りになっている。

 煽情的な姿ではあるのだが、何故か性欲が肉体に反映する事は無かった。

 俺の心は今、食事をした事で満たされている為だろう。


「あ、灰汁狼はいしるおおかみと適合したんだ、良かったじゃん」


 と、会話を続けている彼女が手に持っていたものを焚火の前に置く。

 それは……巨大な魚、だった、真っ白な鱗が光を反射しててらてらと照れている。

 正直、まだ調理すらされていない巨大な魚を見て生唾を飲み込んでしまった。

 う、美味そうだなぁ……なんて、違う違う、それよりも。


「き、君は一体、此処は今、どうなってるんだ?いや、それよりも……」


 俺は喉を鳴らして、彼女に一番聞きたい事を聞く。


「そ、その魚……美味しいの?」


 ……不味い、本能が食事を求めている。

 眠りに就く前は全然こんな事は無かったのに、本当に俺はどうなってるんだ?



「私、ミフネ」


 そう言いながら、彼女は魚の尾を持った状態で天に向けて投げた。

 ミフネ、と言う言葉は、彼女の名前なのだろう、自己紹介をされた以上は、俺も彼女に向けて名前を口にする事にした。


「俺はクルメ、って」


 彼女はもう片方の手に何かを持っていた。

 それを口に含めて、噛み砕くと共に、彼女は大きく片手を払う。

 すると、地面に向けて落ちていく筈の魚が綺麗に切断されていく。


「えぇええええ!?」


 俺は驚いた。

 魚が一瞬で切れてしまった事、にではない。

 彼女の指先、その指から生えている代物に対してだ。


「こ、甲殻!?」


 彼女の指先は甲殻類の鋏の様な質感をした刃と化していた。

 指先から三十センチ程伸びた刃を使い、器用に魚を捌いたらしいが……その甲殻類の爪に見覚えがあった。


「も、もしかして、ミフネさんって……」


「なにその呼び方?どうみても、あんたの方が年上でしょ?呼び捨てでいーよ」


 そう言いながら、彼女は空になった甲殻類の鉄板に向けて魚の切り身を置いていく。


「あの、ええぇと……ミフネって、もしかして俺を、助けてくれた?」


「え?気づいて無かったの?」


 あの甲殻類の甲冑の姿をした人型の化物。

 なんと、その化物の正体は、こうして俺と会話をしているミフネであった。


「え……なん、なんでそんな、変身?」


 俺が恐る恐る聞いてみた、俺の質問でもしも彼女の機嫌を損ねてしまう様な事があれば、殺されてしまうと思ったからだ。


「? あんたもしてんじゃん、ヘンシン」


 そう言って、俺の掌を指差した。

 俺の腕は、先程までびっしりと生え揃っていた青色の毛が抜けていき、黒色の爪も剥げている。


「え、あ……確かに、……じゃなくて、俺、何も知らないんです、ついさっき、えぇと……今日、目が覚めたばかりで」


「へえ……じゃあ、何も知らないんだ」


 俺の方を見ながら、ミフネがじぃ、っと、深紅の色を帯びた瞳で俺を見詰めていた。

 な、なんだろうか、その目は、……もしかして、俺を、食べようとしているのでは?


「あの……俺を食べてもあんまり、美味くないと思います、けども」


「ん……あぁ、美味そうな筋肉してるなって思ったけど、分かった?」


 ひぃ!!

 やっぱりこの人、俺を食べようとしてるんだッ!!


「せ、せめて……ひと思いに、痛みも無く〆て貰った後に、美味しく食べて頂けたら恐縮ですが……」


「じょーだん、流石に同じキマイラを食べる気にはならないから……」


 ……同じ、キマイラ?


「き、キマイラって?」


「え?……ああ、私たちの事でしょ?キマイラ、人間から進化した存在、お腹にあるキメラの細胞で、食べたモノを肉体に反映させるの」


 ……それって、俺の胃袋に寄生、と言うか同化した、あのキメラ細胞の事?

 その延長線の話って事なのか、彼女の言っている事は。


「あの……そこすら知らないんですけど……詳しく教えて貰って良いですか?」


「えー?……なんか、三十年くらい前?に、異世界がどーちゃらこーちゃらで、キメラ虫って奴が人間に寄生して、人間が進化して……あぁ、その前に異世界からプレデターが出て来て生態系が狂ったってお爺ちゃんが言ってたけど」


 ……なんか、情報が多過ぎる。

 えぇと、彼女の話を纏めると。

 三十年くらい前に、異世界と繋がる門が出来て、其処からキメラ虫、と言う異世界生物がこの世界に流れ込んで来た、其処で俺が人類最初にキメラ虫に寄生、同化されてしまった。

 お腹に入ったキメラを切除しようとして、目が覚めたら……ん?三十年後の世界?

 そして、俺が眠っている間に、異世界からプレデターと言うものがやって来た、と言う事?


「……え?三十年後の世界、ここ!?」


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