第4章 揺らぐ絆

V.B.L公式トーナメント――通称「JVBL X-GAME」が開幕した。

全国のプレイヤーが集い、グループごとの総当たり戦を経て、勝ち上がった者たちで、トーナメント方式で決勝を争い、日本1位を決める。

"ノヴァ"とユウタは、偶然にも同じグループに組み込まれた。


初戦から白熱したゲームが続く。"ノヴァ"はバーチャルのしなやかさを武器に勝利を重ね、ユウタも粘り強いメンタルを生かして接戦を制していった。


互いに健闘を称え合う時間は確かにあった。

だが――ユウタの表情にはどこか影が差していた。

勝ちを求めるあまり、楽しむ余裕が失われていくような、そんな空気が漂っていた。


リアルの世界では、ある噂が広まっていた。

パラメーターを不正に改ざんし、通常では考えられない数値を付加している「チートプレイヤー」の存在だ。

その特徴は、アバターに微かなマーカーのような違和感が表れることで判別できるという。SNSでは動画が拡散し、コミュニティは騒然となっていた。

その裏側には、得体の知れない“第三者の組織”が存在しているようだ。


SNS上に流れる黒い噂――

彼らは、現実世界で伸び悩むプレイヤーに言葉巧みに近づく。

ゲームセンターの裏路地や、人気のないフードコートの片隅――

――「もっと強くなりたくはないか?」と耳打ちし、密かに有償でソフトを渡す。


導入方法は一見シンプルだ。手渡された端末に怪しげなアプリをインストールし、それを介して公式クライアントを起動するだけ。

するとシステムの奥底に不正なコードが入り込み、本来なら割り振れないポイントが、プレイヤーの任意により上乗せされる。


その代償は小さくない。改ざんアバターには微かな“ほころび”が生じる。

マーカーのような違和感が表れるだけでなく、関節の動きにわずかな遅延が混じる。

瞳のハイライトが不自然に赤く点滅する。

――気づく者は少ないが、敏感なプレイヤーには異様さとして映った。


それでも、藁にもすがる思いでその力を手に入れる者は後を絶たない。

「努力せずに強くなれる」甘美な誘惑は、リアルで挫折を味わったプレイヤーほど刺さるのかもしれない。


そんな最中、バスケット部に特別指導者が訪れた。かつて日本代表として世界を相手に戦ったこともある、遥かの高校のOBで、今も地元では伝説の存在と語られる人物だ。


彼は練習の最中、遥のプレイをじっと見つめていた。

低い姿勢から一瞬で加速し、相手を抜き去って放つジャンプシュート。

フォームの美しさに加え、決断の速さが際立っていた。


「――懐かしいな。その切り返しの速さ……まるで昔の一ノ瀬にそっくりだ」

練習後、何気なく言われた言葉に、遥は立ち止まった。


「一ノ瀬……?」


「君のお父さんのことだよ。俺と同じ時期に代表候補として争ったライバルだった」

「彼もそんなに大きな選手じゃなかったが、小さいからこそ出来るプレイ。」

「それを見せつけるような選手だったよ。」

「あの事故さえなければ、日本を代表する選手になっていただろう...」

汗を拭きながら笑うOBの表情は穏やかだったが、その響きは遥の胸に深く残った。


――父さんに、似てる?

――お父さんもバスケットをやっていた?

――あの事故?


その言葉が心にざらつきを残したまま、その夜を迎える。

帰宅後、父がこっそり自室に籠り、光る端末を前にしている姿を、遥は偶然目にする。

ログイン画面のVBLロゴの残像。

息が止まる。父もVBLに関わっているのか――。


グループラウンド最終節。グループリーグ1位を決めるゲームの相手は、ユウタだった。


ゲーム前の控室で彼のアバターを見た瞬間、"ノヴァ"は息を呑んだ。

首筋に、かすかなマーカーが滲むように浮かんでいる。


「……ユウタ、それ……」

「もしかしてチートマーカー……?」


沈黙ののち、ユウタがかすかに笑った。だがその笑みには、いつもの温かさはなかった。

互いの言葉は鋭くぶつかり合い、結局、答えを出せぬままコートへと歩み出した。


ゲームが始まる。ユウタの動きは異様に冴えていた。"ノヴァ"は押されながらも、かつてユウタが言った言葉を思い出す。


――楽しんでいるやつが強くなる。


「……私は、ユウタを信じる」


震える胸を押さえ、"ノヴァ"は自分のプレイを解き放った。

ユウタの動きは、確かに冴えていたが、時折、動きに遅延が発生する。

"ノヴァ"は、無心で駆け、しなやかに抜き去り、リングへとシュートを放つ。

観客がいるかのような熱気がコートを満たし、最後のブザーが鳴り響いた瞬間、電光掲示板には、" Winner NOVA-Johannès "の文字が……


コートに膝をついたユウタの瞳に、一瞬だけ懐かしい光が戻る。

しかし直後、コミュニティからのアナウンスが会場を揺るがす。


【不正プレイヤーを複数名確認いたしました。アカウント停止処分を執行します】


表示された名前の中に、YUTAの文字が……


「……そんな……」


彼は振り返ることなく、静かにログアウトしていった。

残されたのは、虚しい空気と、心に穴があいたような感覚だった。


ゲーム後、"ノヴァ"のパラメータ画面には変化があった。

- フィジカル:上昇

- オフェンス:上昇

- ディフェンス:上昇

- IQ:上昇

- メンタル:大幅上昇


勝利の喜びではなく、友を失った痛みが、皮肉にも「メンタル」を成長させていた。


"ノヴァ"は拳を握りしめた。

――ユウタを、このまま闇に沈ませてはいけない。

――必ず、彼を連れ戻す!

――でも、どうやって?


その行き場のない決意も、やはりメンタルに影響する、新たな炎を胸に灯した。

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