第23話 進むべき道
僕たちは初日から、かなりのペースで移動していた。
なぜそれが可能だったかというと――シュンヘイ君が僕の荷物を全部背負い、
さらにガルボさんがパーティの共同荷物を分担してくれたからだ。
結果、僕にとってはまるで部活ランニングのような速度で、
谷の入り口まで到着してしまったのだ。
⸻
そこから先は、谷を縫うように伸びる獣道を進んでいった。商人ルートを一旦外れ、
ショートカットするということなので、多少険しくなった。
両側には切り立った岩壁が迫り、ところどころ崩れた岩が道をふさぐ。
足元は湿った土と苔で滑りやすく、歩くたびにじわりと靴底が沈んだ。
頭上からは木々が枝を広げ、日の光はわずかな隙間から差し込むだけだ。
風の流れは乏しく、空気はこもっている。もし強い雨が降れば、
谷底はたちまち濁流に変わりそうな、そんな地形だった。
僕は喉より先に手のひらに汗を感じていた。
フォーメーションは、ガイルとガルボさんが相談して決めた。
隊列は、ガルボさん、シュンヘイ君、バルク、ミナ、僕、ヒュー、フローラ、
最後尾にガイル。
ガルボさんは先行して障害物を確かめ、進路を選んでいく。
その後をシュンヘイ君が「こっちだべ!」と軽快に跳ねるように進んでいく。
最後尾にガイルがいるのは、全体の動きを見渡すため。
殿役として後方を守り、万一魔物や追手が現れれば、
まず自分が立ちはだかる覚悟を背負っていた。
また、万が一引き返す際のルートを確認するためでもあった。
「ここいらはオラの庭みてえなもんだぁ。」
いや、庭って広すぎでしょ。狼の縄張りかよ。
バルクは前を進みながら、何度も後ろを振り返っては僕に声をかける。。
「そこ滑りやすいぞ、気をつけろ!」
豪快な声で言うけれど、内容はものすごく細やかだ。
見た目に反して心配性らしい。
ミナはさらに実践的だ。
「ほら、次はここ踏んで!……はい、手!」
僕が足を迷わせるたび、素早く指さしで指示をくれるし、
時にはぐっと手を引いてくれる。結構体力あるな。
ヒューは、僕がバランスを崩すとすぐ体を支えてくれる。
「……大丈夫か」とぼそっと声をかけてくれるのが、妙に心強い。
休憩のたびにフローラが回復魔法をかけてくれるので、
肉体的な疲労はだいぶ軽減されていた。
「がんばりましょうねぇ~」
ほんわかした笑顔に、僕の心までほぐされていく。
こうして仲間の助けを借りながら、僕らは湿った谷道を
思った以上の速さで越えていった。
おいシュンヘイ、そっちゃ行ぐな!」
「なんでよ?こっちの方が近けべ?」
「みんなおめみてぇにピョンピョン飛べねぇど」
飛ぶって……うーん、嫌な予感しかしないな。
「ここだば、みんな行げそだな」
ガルボは前方の10m以上穴が空いた空間を指す。
いわゆるひとつのこれはなんと言いますか、
あそこを飛べということですな。
「……俺からだ」
ヒューはどこからともなく踏み切り板を持ってきて崖の手前に置く。
「……ムンっ!」
珍しくヒューがトップバッター。冗談みたいに空を飛ぶ。
あれがホントのエアージョーダ……。
ハサミ飛びで駆けるように飛んで着地する。
着地後、踏切横に座っている熊が白旗をあげる。
リスが3匹やってきて自分達の体を使って計測し、
どこからともなく野ネズミたちが現れ27の数字を表す。
単位はR(リス)。ふむふむ、リス何匹分かということね。
そして、着地跡の地面をウサギがきて両手で丁寧に地面をならす。
うん、芸が細かい。
「荷物があるとちょっとぉ~」
え!フローラさんいくの?荷物なければいけるの?
荷物をガルボが受け取ると、えいっ!と
可愛い声で助走後、抱飛びで飛んでしまった。
お尻をぱんぱんと払う。そこだけ砂場になっているのかな?
次はガイルが
「ぬはっ! 」
大きな荷物を背負ったまま反り飛びで飛んでいく。
まるでバレエダンサーのようだ。
ユダが見たらきっと嫉妬するだろう。
「とうっ!」
フローラと同じく荷物をガルボさんに預けたミナは
ライダーキックで飛んでいった。高跳びでは見たことあるが……。
しかし本人は不満そうだ。熊が赤旗をあげている。
踏切が合わなかったらしい。なるほどファールだったか。
いやだからその設定いる?
「みんな、なかなかやるべな!ふんっ!」
ガルボが軽く女装して、いや女装はしてない助走だ。
あ、あれは前転飛び!しかも両手に荷物を持ったまま?
しかしまたもや赤旗があがる。どうやらその飛び方は禁止らしい。
ガルボはクマに抗議しているが聞き入れられないらしい。
熊は首を横に振る。
何この状況?僕は異世界にでも紛れ込んでしまったのだろうか。
「次はフィリオ兄ちゃんの番だな!」
「あんなんできるか!」
そう言うと、後ろからにゅっ!と手が伸びる。
有無を言わさず荷物の後ろに括り付けられる。
ま、まさか別のトラウマを作るつもりなんじゃ……。
「ふぅー……」
バルクは軽く息を吐き、手をひとつパン、と鳴らす。
そしてまたひとつパン、パン……。
その意図に気付いた観衆はそれが拍手を要求しているのだと理解する。
やがてみんなが手を叩き、その音が大きくなる。
そして徐々にリズムが合い、
だんだんタイミングが早くなる。
ジャンパー魂に火がつく。バルクが「いくぞ!」と叫ぶ。
バネのようなスタート、躍動感あふれる助走、
加速してトップスピードに到達する。
そして、目の前に見えないトランポリンがあるかのように、フッと飛んだ。
彼の身体は空へ――
まるで巨大なマグロが跳ね上がるように。
まるで春先の鮭が本能の川をさかのぼるように。
まるでサーカスの象が「今日だけ本気」出したように。
「うわぁぁぁああああ!」
――僕ごと宙を飛んだ。
そして、ズザアァっと着地。
口に入った砂を「ぺっぺっ」と吐き出していると、
計測が終わり、野ネズミたちが集まって動き始めた。
やがて彼らは整列し、人文字――いや、ネズミ文字を作り上げる。
「WR」の文字が燦然と輝きを放った。
会場の観客?も大盛り上がりだ。みんなとハイタッチを交わす。
当然、僕はバルクの背中の上から――
「やったねお母ちゃん、明日はホームランだ!」
そう叫びながら、みんなとハイタッチを決めた。
そしていよいよシュンヘイ君の出番だ。
「ウッヒョー!」
彼は両足飛びで軽々と飛んでいった。
それから更に幾つかの山や谷をハットリくんのように越えて進む。
そして、二日目の昼休憩を終えてしばらく谷を進んだ頃。
ガルボさんが立ち止まり、腕を組んで言った。
「んだな……ここから先ぁ、商人ルートに合流すっぺ。
分岐は複雑じゃねえ。バルク、おめぇなら迷わんで行けるべ。
後は任せたぞ、目印は……」
「おう!俺っちに任せとけ!」
「商人ルートに出りゃおめえさん達なら、
んだなあ……二日弱でトマの町に着くべな」
うん、予定より一日以上早まった。険しい道だったが、
やはり谷ルートを選んで正解だった。
「オラたちはここで戻っぺ。夕飯には間に合うべ」
「おう、これ持ってけ!」
バルクが肉缶を差し出す。
「おお、これはいいつまみだべ!」
ガルボさんはにこりと笑って受け取った。
「ガルボ、シュンヘイ君……世話になった。
感謝する。この礼は必ず」
ガイルが真剣に頭を下げる。
「たいしたこたぁねえって!」
シュンヘイ君は照れくさそうに笑う。
「本当にありがとうございました」
「お世話になりましたぁ〜」
僕とフローラも頭を下げた。
「気にすんなって。また来てけろな!」
シュンヘイ君が大きく手を振る。
その時、ミナが釣竿を二本取り出した。
「そうだ、これ。長い方はシュンヘイ君に、
短い方はイモリスちゃんに」
「……そ、それは!」
ヒューが目を見開いた。例のミスリル製高級釣り具セットだった。
「ウッヒョー! こりゃすげえ! イモっぺにゃもったいねえぐれぇだぞ!」
「わたしにはもう一本あるから」
ミナが淡々と返す。
どうやら三本セットだったらしい。
ヒューは竿とミナを交互に見て、顔を引きつらせる。
「……だ、大事にしてくれ」
いやヒューそれお前のじゃないから。
それからヒューは竿の性能を延々語り出した。持ち主より詳しく。
「オラ、ちょっとだけ釣りしてって……」
「バカこくでねシュンヘイ。ほら帰っぞ!」
ガルボさんに襟首を掴まれ、シュンヘイ君はずるずる引きずられていった。
僕たちは何度も礼を言い、互いに手を振って別れを告げた。
その夜は、しばらく先の開けた場所で野営して一晩過ごし、
翌朝出発する。
フォーメーションは、先頭に案内役のバルク、
そのすぐ後ろに判断を補佐するガイル。
続いてミナが位置し、中央に体力のない僕が入る。
その背後には支援のフローラが付き、
最後尾は周囲の警戒に適したヒューとなった。
険しい谷道が続く中でも、この並びであれば進行に支障は少なく、
目的地までの残り二日を安定して進めるだろう。
天候は良好、本日も順調――かに見えた。
だが昼前、雲が厚くなり、木々の隙間から覗く
空の色が鈍く変わっていく。
「……降ってきそうだな」僕は思わずつぶやく。
後一日半でトマの町。天気が持ってくれればいいのだが。
やがて、ポツポツと雨粒が落ちてきた。
「通り雨ならいいんだが……」
そう願うのも束の間、降りは少しずつ強くなっていく。
「ガイル、どうする? 戻るか?」 バルクが問いかける。
「……進むか、先ほどの野営地まで戻るかだ」
天気予報なんてないしなあ……。さて、ガイルはどう判断する?
ガイルはしばし谷の先を眺め、周囲の地形を確認するように目を細めた。
そして短く息を吐き、静かに告げる。
「……進む。ここで戻れば、谷に流れ込む雨水と
正面からぶつかることになる。
足元はすぐに泥に変わり、撤退の方が危険だ」
「もっと理由を聞いてもいいですか?」
僕は戻った方が良いのでは?と思い質問する。
「谷道は雨に弱い。戻る時間が長ければ、途中で水に塞がれる。
だが進めば、岩場や側壁のくぼみに雨を避けられる場所がある。
さらに――」
ガイルは仲間を見回しながら言葉を続ける。
「目的地はもう一日半だ。
進めば補給と休息が現実的に手に入るが、戻っても何もない。
皆の体力はまだ余裕がある。進むのが合理的だ」
なるほど……そういうことなら納得だ。進もう。
「よし、では進むぞ!」
「了解!」
ガイルの号令にみんなが短く応える。
小雨が次第に強まり、谷にしっとりと響く。
僕たちは雨粒を浴びながらも、一歩一歩と進み始めた。
ここまで読んでけで、ほんにありがとさな。
おめぇが「いいね」押してけだら、わしの心もあったまる。
ブックマークなんぞしてけだら、ますます力こもるべなぁ。
by ガルボ
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