第9話 前編 それぞれの休日

朝の光が窓から差し込む食堂。すでにテーブルには冒険者たちが集まっている。

僕、フィリオも慌てて席に着いた。


「おはようございます!」


休みの日だというのに、みんな早起きだ。いや、やっぱり冒険者は

朝が早いのか。僕も見習わなきゃな……と、思いつつも

まだ目が半分しか覚めていない。


「今日はみなさん、どういった感じで過ごす予定ですか?」

僕が尋ねると、まずはガイルが胸を張って答えた。


「俺は冒険者ギルドへ行く。情報交換がてらな。」

さすが我らの頼れるリーダー。やっぱりこういう日でも

じっとしてられないのか。


隣のフローラはにこやかに手を合わせている。

「わたしは教会に行ってお手伝いしますぅ~」


そうか、この世界で彼女は貴重な回復魔術師。

体力も回復も気遣いもピカイチだ。


その隣のヒューはぼそっと、

「……俺はいくところがある」


まあ、ヒューはいつも気ままな行動をしてるからなあ。

そして、少し遅れてバルクが満面の笑みで言う。


「そうだなあ、まだ飲むにはちょっと早えし、

よう、フィリオ、釣りに行こうぜ!」

「おぉー、いいですねえ。トマでは今が鮎釣りの時季みたいですよ!」


突然釣りトークになって僕もテンションが上がる。

するとミナもすっと立ち上がり、

「わたしも釣りに行くわね。」


バルクはニヤリと笑い、

「よーし、じゃあ三人で競争だな?

負けた奴が酒を奢るってことでどうだ?」


「えぇー、ぼくはそんなに飲まないですけど?」

僕はあわてて断るも、ミナは勝負に燃えている。

「フッ、いいわね、勝負よ!」

その自信はどこから来るんだろう……


「では夕飯はこの前の店で。あそこで待ち合わせだ。」

ガイルがキリリと言う。

「わかりましたぁ~」

フローラも元気に答える。


「ヒューの行きつけの店か?」

バルクが尋ねると、

「そういうこと!」

ミナがニッコリ頷く。


ヒューがぼそりと呟く。

「……夜はバイキング形式だ」


みんなが息ぴったりに一斉にツッコミを入れた。

「詳しすぎだろ!」


笑い声が広がる中、皆んながそれぞれの一日をはじめた。

てかこの世界にもバイキングいるのかな……。


 朝のトマの町。石畳の道を三人が並んで歩く。

 ガイルはきびきびとした足取りで、フローラは両手を前で組み、

小走り気味についていく。ヒューは相変わらずの無言で、

背中に弓を背負っていた。


「どうやら途中まで一緒の道みたいだな」

「ヒューは聞いても教えてくれないですぅ~」

「……」


 ヒューは視線を向けず、ただ前を見ている。

しばらく歩いていると、向こうから派手な服装の若者が駆け寄ってきた。

白い歯がやけに目立つ笑顔。こんがり日焼けした肌。

金髪メッシュにゆるく巻いた髪。胸元が妙に開いた水色と白のストライプシャツに、

金色の細いネックレス──間違いなく町の平均色から浮いている。


「チョリーっす! お兄さん達、ダッカールから来た旅の人っしょ?」

 唐突なテンションに、ガイルが眉をひそめた。

「ああ、そうだが……君は?」

「俺氏ー、チョリオっすー! よろしこー!」


 妙にリズミカルに自己紹介し、ニカッと笑って指三本のピースサインを作る。

「……チャラそぅ~」

 フローラが素直な感想を口にする。

「……目が痛い」


 チョリオは気にも留めず、軽い調子で続けた。

「ででで! 実はー、オレシー、こんな小さい町、とっとと出たくてー。

一緒に連れてって欲しいんすけどー、イイっすよねー?」


「……まずは落ち着いて話をしよう。連れていけるかどうかはそれからだ」

チョリオはガイルの肩に腕を回そうとしたが、ガイルはさりげなく

一歩下がって避けた。


「おけおけ! じゃー、とりまお茶でも行きます?」

「とりまってなんですかぁ~?」

 フローラは首をかしげる。


「まずは理由を聞こう」

「理由っすかー? そりゃあー、もっとビッグな町でー、

ビッグな女の子とー、ビッグな人生を送りたいからっすよー!」


「うわぁ……目標がざっくりですぅ~」

「……200kgくらいの女性なら……知っている」


 チョリオは一瞬困惑するが、すぐに気を取り直す。

「お、おう……いやマジお兄さんウケるっすねー!

めちゃイケ案件っしょこれ!」

と、訳の分からない褒め言葉を投げた。


「……面倒が増える……未来が見える」

ヒューの呟きに、ガイルも無言で同意するように眉間を押さえた。


「いやー、オレシー、この町に来た旅人さんには全員声かけてるんすよー」

「全員に?」

 ガイルが訝しむ。

「だって出会いって一期一会っしょー?」

チョリオは道端の食堂の娘に手を振り、あっさりあしらわれていた。

「やっぱりチャラそぅ~」

 フローラは小声でつぶやく。


「とりあえず俺は冒険者ギルドに行く」

 そう言うガイルをよそに、チョリオは構わず続ける。

「オレシー、準備は一瞬っすよ一瞬! ホラっ!」

「荷物は?」

「これっす!」

 チョリオが指さしたのは、小さな布袋ひとつ。

中からガチャガチャと金属音がする。


「……それだけか?」

「旅の荷物はあとノリとハートがあれば十分っしょー?」


「……悪いが、それでは連れていけないな」

「えー! なんでーっすかー?」


「俺たちは任務や予定がある。見知らぬ人を同行させるのは責任が持てん」

 きっぱりと言い放つガイル。


「いやいや、オレシー、荷物持ちもやるし、マジ空気も読むタイプっすよ?

あと女子ウケはまぁまぁ自信あるっす!」

「それに俺たちの行く先は、必ずしも安全とは限らない」

しかしチョリオは全く引き下がらない。

「大丈夫っすよ! 旅とか気合いがあれば十分っしょー?」

「却下だ」

 ガイルが即答する。


 それでもチョリオは食い下がる。

「じゃあさ、せめて町の外れまで一緒に──」


「ダメですぅ~。旅は一緒に行く人のことをよく知ってから、が鉄則ですぅ~」

 フローラが笑顔でぴしゃりと切る。笑顔なのに断りの威力が高い。


 チョリオはふっと笑い、肩をすくめた。

「……そ、そうっすねー。オレシー、しゃーなし!」


 そう言って、やたら軽い足取りで去っていった。去り際に

「そんじゃお兄さん達、チョレーっす!推しメン決まったら声かけてー!」

と、意味不明な言葉を残して。


 三人はしばし黙ってチョリオの後ろ姿を見送る。

「……つ、疲れた」

「なんか、誰かに回復魔法かけてもらいたいですぅ~」

「まあ、悪い奴ではなさそうだ」


 小さくため息をつきながら、三人は再びそれぞれの

目的地へ向かって歩き始めた。



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