第30話 ヴィクトル無双

 声が聞こえる。


 喊声だ。


 聞くとかなりの大軍であろうことくらいはヴィクトルにも容易に想像できた。


 隠れ里から出て声の方向へ走り出す。

 この場で戦うことも可能だが、ヴィクトルを無視してオロチたちの方へ向かってしまう可能性があるためだ。


「血沸く、肉たぎる……燃えるぜ」


 この森林の中で戦うのは少しばかり面倒だと感じたヴィクトルは更に走る速度を早める。だが、まだ森は抜けられそうにない。


「チッ……しゃあねぇ。ここらで迎え討つか」


 すぐに敵軍らしき鬼人たちの姿が薄暗い中でも分かるようになってくる。


 やがて間もなく会敵する刻――ヴィクトルの大音声が響く。


「俺様の名はヴィクトル! てめぇらを殺し尽くす者だ! 殺してやるから全員掛かって来い!」


 森の中で反響し不気味なほどの声が木霊した。


 初めは怯んだ鬼人族の軍であったが、ヴィクトルが1人だと知ると一転して笑い始めた。


「おいおい、こいつたった1人だぜ?」

「俺たちを鬼滅国の軍と知っての暴挙か!? 死んだぞ、貴様!!」

「身のほど知らずが舐めてんのかオラァ!!」


 もちろん、その程度の言葉など気にするヴィクトルではない。


「あーん? 鬼人族ってぇのはいつから群れなきゃ何もできなくなっちまったんだぁ? 俺ぁ情けなさ過ぎて涙が出ちまうぜ」

「おおッ言うじゃねーか! それで一騎討ちがお望みかぁ? まぁそれしか勝てねぇしなぁ。お前は鬼哭の国の者だろ?」


 ヴィクトルとしては目の前の名も知らぬ鬼人の男が何やら言っているが、特に気にする必要性を感じない。


 取り敢えず敵――鬼滅国の軍を潰すだけ。


「鬼哭の国……? ああ、そういや名前聞いてなかったな。まぁどうでもいいわ。俺の前に立ち塞がる者は全て斬る。それが俺の流儀よ!」


「結構言うじゃないか、一○○○○の大軍に踏み潰されて死ね。鬼人族だって1人で勝てる訳がねぇ。貴様ら、全力でお相手して差し上げろ!! 全軍かかれッ!!」


 強さを誇りたいなら、戦ってそれを示せば良い。

 単純すぎる論理だ。


 大将の号令の下、鬼滅国軍の鬼人たちがヴィクトルへと殺到する。

 大津波にの飲み込まれるようにその姿は消える




 ◆ ◆ ◆




 ヴィクトルの様子を遠くから見ていた金髪の女――キヌは大きなため息を吐いた。

 別に期待していた訳ではない。

 しかしあまりにも尊大な態度。

 圧倒的な自信。


 その根拠が知りたかった。


「これで鬼哭も終わりか……」


 木の上から様子を窺っていたが見るまでもない。

 踵を返して隠れ里に戻り、速く逃亡を図らねば族滅されてしまうのは必定。


 だが――


 最後にチラリと振り返ると、キヌはあまりの光景に口をあんぐりと開き衝撃に固まってしまった。


「な、何が起こっているんだ……?」


 目に映る物は何?

 何が起こっているか分からない。

 理解できないと言うより、本当に何が起こっているかが分からないのだ。


 ひたすら敵が千切れ飛び、細切れにされている。

 血飛沫が舞い、手足がバラバラになって乱舞している。

 一瞬で首を掻き斬られる者。

 攻撃を仕掛けることもできずその逞しい体躯を両断される者。

 体が爆散したかのように弾け飛ぶ者。


 キヌには全てが見えている訳ではない。

 と言うか攻撃している者――ヴィクトルの姿が霞んで見えないのだ。

 彼が刀を手にしていたのは見たが、本当に刀による攻撃なのか?

 圧倒的なまでの速度から繰り出される、あまりにも強大な力。

 1度ひとたび、刀が振るわれれば同時に幾つもの命が消える。

 そこに防御と言う発想はないように思われる。


 いくら凄まじいまでの膂力を誇り、刀を扱う術に長けている鬼人族でもああはならない、いやなれない。

 キヌの中に疑念が渦巻く。


「奴は本当に鬼人族なのか……? 強い……いや強いと言う言葉すらぬるい。超攻撃特化か……瞬殺されるぞ」


 取り敢えず、キヌは最も重要なことを理解した。

 敵対してはならぬ、と。

 その額からは滝のように汗が流れ落ちていた。




 ◆ ◆ ◆




「はぁッはぁ!! てめぇら弱過ぎんぞ!! これが最強だと!? 笑わせやがる!!」


 狂喜に染まる表情。

 初めて感じる愉悦。

 これほどとは。

 まさか外の世界とはこれほどの物とは。


 初めての体験に全身から喜びが満ち溢れ、心が満たされていくのが分かる。


 これが、これこそが鬼人たる俺の生きる意味。

 そしてこの力を持ってしてマグナ覇王陛下の役に立つのが存在意義。

 この他愛ないちっぽけな世界よ。

 無力な現地人共よ。

 もう全て力で滅ぼしてしまえばいい。

 これが俺と同じ種族だと?

 鬼人族たるこの俺と?

 そんな思いがヴィクトルの頭の中を支配してゆく。


 だが――レックスの意図が分からない。


 偉大なる覇王レックスが無駄なことをするはずがないと、ヴィクトルは冷静になった。

 これには何らかの意味があるはずなのだ。

 頭の悪い自分には理解不能な何かがあるとヴィクトルは考えた。


 先程の隠れ里の鬼人族とは友誼を結ぶことができるだろうと確信ができた。

 もうずっと背後でこちらの様子を窺う者がいるが、隠れ里の金髪の女であるとヴィクトルは見抜いている。

 そして彼女から焦りにも似た感情が発せられていることにも。

 ここまで力を示せば、ヴィクトルの仕事も達成できるだろう。


「はははははは!! 一万なんざ、物の数じゃねえのよ!!」


 そしてまた斬られた者の命が刈り取られてゆく。

 まるで死神の鎌が振るわれるが如く、容易く、呆気なく、脆く、儚く。


 ヴィクトルはこのディアヴァロスを訪れるまで同胞と会えるのが楽しみであった。

 だが、実際に会ってみて期待は失望に変わった。

 彼らが同胞であるはずがない。

 鬼人族であるはずがないのだ。


 位階レベルの差、最適化された職業クラス選択、良く考えて付与された技能スキル

 比べるまでもない。


 そもそも鬼滅国軍に特殊能力ファクタスを使う必要性すらない。



 1時間後――



 全てが赤で染まっていた。

 仄暗い森の中では薄気味悪くドス黒く見える。

 ヴィクトルは天を見上げながら放心状態だ。

 息1つ乱れていないし、かすり傷1つ負ってはいない。

 その代り着ていた粗末な浪人のような着物は血塗れである。

 これでも神話級ロギア装備なのだが。


「これが戦いだ……だが弱かったな……こいつら。まぁ逃げなかったのは褒めてやるか」


 実際には逃げようとしていた者はいたのだが、本能の赴くままに暴れ狂っていたヴィクトルは気付いていなかった。


 周囲にはもう敵らしき気配はない。

 森に棲む生物たちも気配を殺すほどの殺気。


「戻るか……」


 熱くなっていた火照りが冷めていき、高揚感も落ち着いてきた。

 ヴィクトルは気になっていた者に声を掛けるべく口を開いた。


「おーーーい! パツキンの女! 帰るぞ!」


「何が"ぱつきん"だ!! 私にはキヌと言う名があるんだ!!」


 元気よく言い返す声が聞こえてくる。

 ゆっくりと歩き出した隣にキヌが降り立った。


「おー。久しぶりにいい運動になったぜ。まぁ物足りないけどな」


 一万を相手にしてそんなことを言うヴィクトルにキヌは戦慄を隠し切れない。


「貴様は何者だ……? 大将は名のある将だったんだぞ」

「ああ? どれが大将だか分からなかったぜ」


「あれは戦いではない。あんなものは戦闘とは言えない」

「んだよ。なら何だって言うんだ?」


 言うなれば。


「あれは……あれは一方的な蹂躙……虐殺だ」

「それがどうした。敵対する奴は皆殺しだ。陛下が慈悲を与えられた場合は別だけどな」


「その陛下……貴国の王とは一体何者なのだ……?」


 踏み込み過ぎかとも思うキヌであったが聞かずにはいられない。

 その質問にヴィクトルは事もなげに答える。

 ただその表情は明るく輝いていたが。


「かつて『黄昏の24将』と呼ばれた偉大なる御方々の盟主を務められた至高の御方、それがマグナ覇王陛下だ」


 よくぞ聞いてくれたとでも言いたげで自慢げな表情である。


「そ、そうか……それほどの存在なのか。きさ、お前より強いのか……?」

「あ? 当たり前だろうがよ。剣だけじゃねえ。魔法も使えるからな。勝てるはずがねぇよ」


 その言葉にキヌは更なる衝撃を受けた。

 鬼人族で魔法を扱える者は稀な存在だ。

 鬼哭の国では巫女姫であるハルナと数人のみが使える程度である。


「取り敢えず助かった。礼を言わせてもらおう。お疲れだろうし今日は里でゆっくりしていってほしい」

「ああ、別に疲れてはいねぇが装備がな。遠慮はしねぇ、世話になるぜ」


 こうして2人は隠れ里へと帰還を果たした。


 キヌは一刻も早く自身の目に刻みつけた信じがたい光景を伝えなければならない。

 そう考えながらオロチたちが待つ間へと足を速めた。


 〈黄昏の帝國トワイライト・アルカディア〉のディアヴァロスへの接触は各地の小国に激震をもたらすことになるのである。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

次回、一方、南へ飛び去ったガブリエルは……。


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