空駆り
少女は鉄扉を静かにノックし、返事を確認しないまま部屋に入った。
部屋の中には一人、金髪の屈強な男が革製の椅子に座り機嫌を悪くしている。
その様子を確認した少女は何を思うこともなく無表情で口を開く。
「特任第二准将様、任務が入りました」
男は舌打ちをし、葉巻のために用意しているマッチを擦って火を起こし、それを少女に向かって投げた。
だが静かな所作で少女はそれを軽く掴み、火を揉み消す。「敵対組織首領の殺害、手段は問わず」と抑揚ない声で言いながら。
男はそれを見てまた苛立ったが今度は何もせず、ああと頷いただけだった。
男にとって、任務の内容は悪いものではなかった。大物の殺害をすると敵対組織の中で権力争いなどが起こり、勢力関係が入り乱れて把握がしづらくなるというので、軍部は滅多にこういう決断を下さないのだ。
久しぶりに、骨のある奴と戦える。男は戦闘に快楽を求めるという性分でもないのだが、弱い敵とだけ戦っていても腕はなまってしまうから、強敵との戦闘は定期的に無ければならない。
はたから見ればわからないほど微かに男は笑い、視線を後ろへやった。
三つ目の機械白兵、「乗式」───痩身の男性を思わせるシルエットを持つ機体は、人間のそれとは程遠い鋼鉄製の鋭い躰を持っている。
男は満足げな顔をして、前へ向き直る───と、そこにはまだ少女がいた。
男は手を前に流し、去れとサインを送る。
少女は頭を深く下げ、「空駆り」様、ご武運を───そう言って踵を返し扉を通り帰った。
何度見ても不気味な生き物だ、と男は思った。ある特定の役割を果たすため、感情や身体機能の一部を意図的に使えぬよう「品種改良」された人間。先ほどの少女は伝令と秘書の役割を持ち、私的感情と痛覚をほとんど奪われた。
帝国の上層に人の心を持った人間はいないのかもしれない。そういう風に思ったが、自分には関係ないと男は思考を切り捨てた、
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