フォルトゥナ

福原そら

いたずら好きな妖精

読書をしている時、スマホを眺めている時、何かしら作業をしている時—。ふと気づいたらぼーっとしている時が誰だってあるはずだ。一点病という人もいるらしいが、果たしてこれは病の類なのだろうか。少なくとも私は違うと思う。なぜなら私はこの現象を妖精のせいだと思っているからだ。理由もなくそんなことを言われれば「コイツ頭おかしいのか?」なんて思われそうだが、一応弁明しておこう。実はこれは、私のおばあちゃんが私が小さい頃によく話してくれたお話なのだ。私のおばあちゃんは地方の山々に囲まれた村に住んでいる。都市化が進み緑が減っている現代にまだこんな昔ながらの村が残っているのかとおばあちゃん家に行く度に思う。すっかり東京の空気に慣れた私でも、たまにものすごくあの村の香りが恋しくなる。そんな村に住む村人の中でも特に不思議だったのが私のおばあちゃんだ。いつもジャラジャラと木やら動物の骨のようなものがたくさんついたネックレスをかけ、方言じみたよく分からない言葉を話す。村の子どもは皆私のおばあちゃんをヤマンバと呼んでいた。確かに実際ヤマンバがいたとしたら正にこんな姿だろう。そんなおばあちゃんは言う事も不思議だった。私がおばあちゃんに会いに行くと必ずおばあちゃんに言われたことがある。「フォルトゥナゆう妖精がおるんよ。悪さする子ちゃうんだけど。ちょっとしたいたずらがよう好きで。なぁに。たまにあたしらの時間を貰ってくのさ。」小さい頃は何を言っているのかよく分からなかった。でも今ではそのことばの意味が分かる。つまりこういうことだ。「フォルトゥナといういたずら好きな妖精がいて、私たちがぼーっとしたりして失う時間はフォルトゥナが貰っているせいなのだという。」なんて罪なやつだ。私たちの貴重な時間を奪うなんて。返してくれ頼むから。だがおばあちゃんによると、なんでも悪さばかりする訳でもないらしい。どうやら彼らは、私たちからを奪った時間分いいことを運んできてくれるらしい。失った時間に見合った何かしらの幸運をもたらしてくれる。彼らは悪魔でもあり天使でもあるのだ。


さて—。なぜ急に私がこんな話をしているのか。察しの良い方はもう分かるかもしれないが、私は今とある危機に面している。いや、危機と言うには大袈裟すぎる気がするが…そんなことはどうでも良い。そう、私は今人生最大にぼーっとしている。もう本当にものすごく。「ぼけっと」や「ぼーっと」という言葉では表せないほどだ。確か学校の課題をやっていたはずだ。それが私の苦手な数学の2次関数に差し掛かった瞬間だ。フォルトゥナタイムが始まったのは。もう壁のシミを見つめかれこれ1時間。何をしているんだ私は。このままじゃ1日が終わるぞ。締め切り前日を控えた課題であることへの焦りやそろそろやらねばという気力でなんとか正気に戻ってきた。フォルトゥナよ、君は大分欲しがりだな。かれこれ1時間も私の時間を奪うとは。よっぽど私のことが好きなのかな。そう考えると何だかかわいくなってこなくもない。かれこれ過ぎた1時間に涙を流す時間もなく、私は再び作業に戻った。どうせなら寝てしまえば良かった。そうすれば少なくとも効率よく過ごせていた。フォルトゥナよ、どうせならとんでもない幸運を運んできておくれ。私が失った時間に見合う。人類最後のこの瞬間に。


—速報です。本日運命2号が軌道をそれ、地球への衝突をまぬがれました!テレビの前の皆さん!今この瞬間ほど喜びを感じたことはあるでしょうか!人類は滅びずに済むのです!—

リビングから聞こえるニュースキャスターの慌てた声に手を止める。


フォルトゥナ—それはいたずら好きで幸運をもたらす妖精。

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フォルトゥナ 福原そら @soramoyo

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