第2話 鑑定の光

 赤い絨毯の上に立つたび、生徒たちの運命が一つずつ決められていった。

 杖からあふれる光が対象を包み、神官が荘厳な声で告げる――それがこの世界での「鑑定」だった。


「ジョブは勇者!」

「ジョブは聖女!」

「ジョブは剣士!」

「ジョブは魔導士!」


 声が響くたび、羨望や歓声が広がる。

 「すげえ」「カッコいい」「これで無敵じゃん!」と。


 呼ばれる順番が回ってくるたびに、誰もが高揚し、未来を夢見るような顔をしていた。


 だが、俺――篠崎蓮だけは違っていた。

 どんな職業が与えられるのか、まるでわからない。

 この世界の理屈も、神の加護も、俺には実感できない。

 ただ、不気味な予感だけが胸に巣食っていた。



「――ジョブは聖騎士!」


 また一人、男子が光を浴びて凛々しい称号を得る。

 その瞬間、女子たちの黄色い声が弾けた。


「キャー、かっこいい!」

「蓮もいいのもらえるといいね」


 軽口を叩く声が耳に届いた。

 俺は曖昧に笑って返したが、喉が渇いて声がうまく出なかった。


 心臓の鼓動が速くなる。

 胃の奥がきりきりと痛む。

 順番は確実に近づいている。



「次は――佐久間隼人!」


 神官の声が大広間に響く。

 前へ進み出る佐久間。

 堂々とした姿に、誰もが期待の視線を向けていた。


 杖の光が彼を包む。


「ジョブは――勇者!」


 再び「勇者」の名が告げられた。

 二人目の勇者。

 場の熱が最高潮に達する。


「さすが佐久間!」

「頼りにしてるぞ!」


 称賛の声が飛び交い、佐久間はにかみながらも拳を握った。

 勇者の肩書きは、彼にふさわしかった。


 その様子を見ながら、胸の奥がざらりと逆立った。

 眩しすぎる。俺とは違いすぎる。



 次々と鑑定は進む。

 「賢者」「弓使い」「武闘家」「巫女」……。

 光り輝く肩書きが生徒たちに授けられていく。


 全員が未来を祝福されるかのように。


 そして――。


「次は……篠崎蓮」


 俺の名が呼ばれた。


 空気が張り詰める。

 視線が一斉に突き刺さる。

 足が石のように重くなる。


 それでも、赤い絨毯の上を歩かなければならなかった。

 一歩、また一歩。

 玉座の前、神官の正面に立つ。


 神官が杖を高く掲げた。


「――鑑定」


 眩い光が俺を包み込む。

 体の奥まで見透かされるような感覚に、息が詰まる。

 骨の髄にまで、冷たい指先が差し込まれるかのようだ。


 そして――。


「……ッ!?」


 神官の表情がわずかに歪んだ。

 だがすぐに、作り笑いのような笑みを浮かべる。


「――ジョブは……殺人鬼」


 その言葉が、大広間に響いた。



 一瞬、誰も理解できなかった。

 静寂。

 息を呑む音すら消えた。


 やがて――。


「……は?」

「今、なんて……?」

「さ、殺人鬼……?」


 囁きが広がり、ざわめきへと変わる。


「ウソだろ、そんなのジョブなのか?」

「勇者とか聖女とかならわかるけど……殺人鬼って……」

「ヤバいだろ、それ……」


 視線が一斉に俺を突き刺す。

 侮蔑と恐怖、好奇心と嫌悪が入り混じった視線。


 背筋に冷たい汗が流れ落ちた。

 耳鳴りがする。

 呼吸が乱れる。


 どういうことだ。

 俺の役割が――殺人鬼?



「待ってください!」


 水瀬美優が声を上げた。

 驚きと戸惑いをにじませながらも、毅然とした態度だった。


「殺人鬼なんて……そんなの、ジョブじゃないですよね? 何かの間違いじゃ……」


 神官は首を横に振った。

 その笑みは、どこか冷ややかだった。


「間違いではありません。鑑定は絶対です。彼の魂は、殺人鬼の資質を持っている」


「でも……!」


「それが神の御心なのです」


 水瀬の抗議は、あっさりと退けられた。


 俺は――認められなかった。

 勇者でも、聖女でも、剣士でもない。

 この世界が求める「光」ではなく、忌まわしい「闇」を与えられたのだ。



「ちょっと待てよ! そんなの危険すぎるだろ!」


 男子の一人が叫ぶ。

「俺たちの中に殺人鬼がいるってことかよ!? 冗談じゃねえ!」


「そうだ! 放っといたら俺たちが殺されるかもしれないじゃん!」

「近寄るなよ!」


 声が次々に重なり、拒絶が広がっていく。


 俺は何もしていない。

 ただ立っているだけ。

 それなのに、まるで本物の怪物を見るような目で、皆が俺を遠ざけた。


 足がすくみ、声が出ない。

 喉の奥が焼けつくように痛む。


 ――これは悪夢だ。

 そう思いたかった。


 だが、夢ではない。

 神官の冷酷な宣言が、それを突きつけていた。


「彼は殺人鬼。皆様と共に行動させることはできません」


 俺を除け者にするように、神官の声は冷たく響いた。



 その瞬間、理解した。


 俺はこの世界で――最初から孤立する。

 拒絶され、恐れられ、疎まれる。


 殺人鬼。

 それが俺に与えられた、絶望の烙印だった。

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