第20話 影の正体

 時間は流れ、体育の授業が終わった後の男子更衣室。

「なあ、光多こうた愛着アタッチメントって言葉を知ってるか?」

「え? なんだ、急に……」

 俺は体操服から制服に着替えながら、隣で着替え中の光多に話しかける。

「元々は小さな子供と親の心理的結びつきを指す言葉で、毎日のように接すると自然と好感度が高くなっていく現象のことを指して……」

「あぁ、そういえば中学の時に保健の授業で習ったな。ちょっと意味違った気がするけど」

「この愛着アタッチメントはな、恋愛にも当てはまるんだ。こう、毎日のように接していると、自然と好感度が高くなっていって……相手のことが好きなんじゃ、という勘違いが起きる」

 そう、これが俺の出した答えだ。

 俺は春風ちゃんを好きなのかも知れないという勘違いに至ったのは、これが原因だ。

 始業式で校舎裏で出会い、それから同じクラス、同じ境遇と、俺と春風ちゃんには繋がりができた。その上、春風ちゃんに誘われるがまま毎日のように放課後を一緒に過ごしている。その結果、俺の中で春風ちゃんに恋愛的な意味で好きかも知れないという勘違いが生まれたわけだ。

「そうだ、全部勘違いだ。毎日顔を合わせているせいだ。男子、三日も会わなければただのモブに落ちるって言うし」

「言わねえぞ」

 着替えながら、光多が俺につっこんだ。

「ん~、よく分からねえけど……結局は、お前がどうなりたいかじゃないのか」

「え? 何だ急に、真面目なこと言い出して……そういうキャラだっけか?」

「お前、時々失礼だな」

 光多は唇を尖らせる。

「いや、この間話したじゃん? 妹の婚約者っていうか、婚約者候補の男の家の人と揉めてさ……その時、俺、妹の意思とか考える余裕なくて……」

 光多にしては珍しく、落ち込んだように声が沈んでいる。

「それで、妹と婚約者の子に、叱られちゃって……『これは私たちの問題です! 私たちの問題を、私たちで考えたいから、兄さんたちは黙ってて』ってさ」

「格好いいな」

 俺や春風ちゃんのお母さまといい、この土地の女はみんな格好いいのか。

「それで、俺も色々考えてさ……妹は誰かと付き合ったことないし、突然交際通り越して結婚相手を紹介されたら戸惑うだろうし、俺がしっかり守ってやらないとって思ってたけど……あいつはあいつなりに考えてて……いや、あいつらは、か。勝手に子供だからって、口出ししようとした俺たちの方が幼稚に思えてきて……」

「そんなことが……」

 光多は少し影のある笑みを浮かべた。無理して笑っているのが、俺でも分かる。

 そういえば俺も、『婚約者リスト』のことで頭がいっぱいで、周りのことまで考えていなかった。

「妹に言われたんだけど……『結婚とは、すなわち人生をシェアすること。いい所が好きで、嫌な所が嫌いなら、シェアなんてできない。一緒に生きるっていうのは、相手の嫌な所を受け入れて、それでも一緒にいたいという気持ちだよ。私たちはまだ出会ったばかりで、いい所も悪い所も、全然知らない。だから知りたいの……それが、婚約するってこと』って……」

「格好いいな! いや、本当に!」

「ド正論すぎて、相手の家の人も、俺たちも何も言えなくて……それで、当面は同級生らしいから、妹たちのことは見守るって話になったんだけど……なんか、俺より大人びていて、ちょっと恥ずかしくなったわ」

「そうか? 俺はお前も格好いいって思うけど」

 ちょうど着替え終わった俺はロッカーを閉める。

「妹のことであれこれ考えているお前は、よっぽどお兄ちゃんやっていて、格好いいよ」

「こいき……お前……」

 光多が少しだけ目を見開き、感動したような目で俺を見る。ちょっとだけ照れる。

「お前が春風さんにフラれた時は、ちゃんと慰めてやるからな!」

「やっぱ殴っていいか?」


        *


 それから昼休み。

 いつも通り、購買でカリカリポテトくんを3袋ほど購入し、校舎裏の桜の木の下へ行くと、春風ちゃんが待っていた。そして俺を見ると、嬉しそうに笑顔になる。

 ――勘違いするな。

 ――春風ちゃんが恋しているのは、俺じゃなくてカリカリポテトくんだ。

「あら? どうかしました? なんだか哀しそうなお顔をしていますが……」

「いや、何でもない」

 自分で思って空しくなってきた。

 俺はとりあえずカリカリポテトくんを春風ちゃんに献上する。

 そして春風ちゃんが幸せそうにフライドポテトを食べ始めたところで、俺は俺のランチを取る。それが俺の昼のルーティン。

「……あれ?」

 教室を出る時は持っていた小向こひなの弁当がない。

「どうかしました?」

「教室に弁当箱、忘れてき……」

 そこまで言いかけた時。俺の鞄めがけて、上から何かが落ちてきた。

 鳥でも落下したのかと思い、おそるおそる覗き込むと――そこには俺の弁当があった。

 ――あれ、さっきまでなかったと思ったけど……

「なんだ、気のせいか。ごめん、春風ちゃん、何でもない」

「そうですか?」

 春風ちゃんは不思議そうな顔でフライドポテトをカリカリ食べる。

「うん、本当に……何でも……」


 ――ないわけあるか!


 俺は立ち上がり、人影が見えた2階の教室を確認する。

「こいき君?」

「ごめん、春風ちゃん。急用!」

 そして2階の教室めがけて走り出す。

「お弁当は!? 食べませんの!?」

「食べていいよ」

「マジですの!?」

 どこまで食に執着しているんだ、この子は。

 そして遠慮のない春風ちゃんは本当に食べるだろう。あの子はそういう子だ。

 それより今は――


「待てよ!」


 俺は2階にいた人影を追って、廊下を走る。

 カリカリポテトくんの時からずっと不思議に思っていた。あの時、誰かが俺を助けてくれた。そしてその誰かが俺を助けてくれたのは今回だけじゃない。思えば、あの優等生な新入生が俺を助けてくれたのも、『そいつ』の差し金だった気がする。

 何故なら――


「やっぱり、お前だったんだな……」


 俺は廊下で走り回る小さな影の主の手を掴んだ。

 その手は毎日のように見ている手で、毎日のように触れる手だ。だから見間違えるはずがない。


「小向」


 

 

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四季折々の初恋 シモルカー @simotuki30

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