第17話 新しい影
教室に入った瞬間、クラスメイトたちから殺気に似た視線を送ってきた。
――いや、殺気だな、これ。
思わず教室の入り口で立ち止まっていると、俺の隣にいた
「ら、来夢さま!」
一番最初に春風ちゃんに声をかけたのは、昨日女子全員で遊びに行こうと計画を立て――その計画を俺に潰されたと思っている女子グループだった。
「ど、どうして……ゴミク……
お前今、ゴミクズって言おうとしただろ。
「そうですよ! 何か脅されてらっしゃるのですか!?」
「わたくし、見ましたわ! 春風さまの車から出てくるのを……まさか車内にまで侵入して……」
ひどい言われようだな。
こいつらの中で俺の印象はすこぶる悪いらしい。
「ふふっ。皆さん、面白い発想ですわね」
対する春風ちゃんは冗談だと思っているのか、口元を手で覆って無邪気に笑っている。
「ですが……」
と、春風ちゃんが両腕で俺の肩をがっしり掴むように絡めてきた。
「こいき君は、わたくしのお友達ですわ。お友達を登校するのは、普通のことでしょう?」
「そ、それは、そうですがっ」
「それなら、この話はもう終わり。さあ、皆さんも自分の席にお戻りになって。先生がいらっしゃいますわ」
女子たちは納得いっていない様子で俺を睨んだ後、それぞれ席に戻っていった。
それから時間が流れ、昼休み。
チャイムが鳴り、春風ちゃんとの約束であるカリカリポテトくんを買いに購買に出かけようとした時だった。
「志貴 こいき……ちょっと、ツラを貸してくださりませんか?」
教室を出た瞬間、女子たちに囲まれた。人数は5人。頑張れば逃げ切れないこともないが――
「えっと、俺は……購買に、用がありまして……」
「すぐ済みますわ。ただ、話すだけですから……いいですわよね?」
女子グループの中でもお嬢様言葉で話す縦ロールの子――たしか名前は
「アリサさんの言う通りよ。ちょっとだけだから……」
ダメだ。完全に包囲された。
声をかけられた時に逃げれば良かった、と深く後悔した。
所変わって、階段下。
横が広く、昼休みは階段に座って食事する生徒もいる。
その階段下――みんなが楽しそうに談笑している階段裏の物陰に、俺は女子たち5人に追い詰められていた。逃げ場は完全に塞がれた。
「あんたさぁ、昨日からなんなの?」
ショートカットの女子――
「私たちが来夢さまと仲良くしようとすると、邪魔してきてさぁ」
「そうよ、そうよ! 来夢さまが同じクラスってだけで奇跡なのに、どうして邪魔するの!?」
次から次に文句が飛び出る。
この子たちからしたら、憧れのマドンナが同じクラスになって、仲良くなれると思ったら――そのマドンナの隣には、今まで意識したことのない俺のような冴えない男子生徒が独占しているものだから気に入らないといった所だろう。
文句を浴びせられながら、俺は心の中で正直な気持ちを吐いた。
――あぁ、面倒くさい……
人数がいても、女子に囲まれたくらいでは恐怖心は抱かない。ただ困るだけだ。
何を言っても、この子たちは納得しないだろうし――
春風ちゃんとの約束もあるから早く済ませたいのだが、ちょっと無理そうだな。
「どうせ春風さまの優しさに付け込んでいるのでしょう!」
「そうよ、そうよ!」
「まさか、脅しているの!?」
俺が何も言わないせいか、女子たちの文句はもっと悪い方向へ向かい始めた。
「こ、こっちです! 先生!」
その時だった。
見知らぬ声が、小さく響いた。階段下からでは死角になっていて見えないが、生徒らしき人影が先生を手招きしている。
そして不自然な足音がとんとんと響いてきたが――この足音、少しおかしくないか?
まるでその場でジャンプしたみたいで、遠くから駆け付ける足音にしては音が近い気がする。
しかし女子たちはそうは思わなかったようで、それぞれ顔を青ざめた。
「アリサさん!」
「ええ、ここは引きましょう」
リーダー格は縦ロールさんだったみたいで、浮間さんが女子たちに逃げるよう指示を出した。
「き、今日はこのくらいにしてあげますわ!」
「お、覚えてなさい!」
「きぃ~~~!」
そう言い残すと、浮間さんを先頭に全員が走り去っていった。
「……セリフのチョイスが古すぎないか?」
まあ、今はそれよりも――
「ありがとう。助かったよ」
俺がこちらの様子を窺う一人分の人影にそう声をかけると、おそるおそる人影が近づいてきた。
「い、いえ……」
現れたのは、大人しそうな女の子だった。
真新しい制服に、ピカピカの指定の上履き。肩より少し高い位置できちんと揃えられた黒髪。
校則通りの格好で、優等生という言葉が似合う。
唯一校則を違反している所があるなら、表情を隠すように長い前髪くらいか。
「こ、声が、聞こえて、きたもんで……先輩、困っているよう、でしたので……」
恥ずかしそうに、顔をさらに俯かせて前髪で顔を隠す。
「でも……すごいな、キミは」
「ふ、え?」
「だってさっき、先生が来ているって思わせるためにジャンプして足音作ったんだろ? よく咄嗟に思いついたな」
「あ、えっと……わた、しも……よく、クラスメイトに囲まれて……こうすると、みんな、いなくなるもんで……へへっ」
少し不気味な笑い声が漏れた。
「一年生、だよな?」
「は、はい。そう、ですけど……」
「あんな場面見て、驚いたかも知れないけど……ここ、怖い人たちばかりじゃないから……」
「え、ええ、それは……知ってます……だから、私も……」
新入生は、控えめに笑った。
その時、突然俺のスマートフォンが鳴った。
「あ、やべ……春風ちゃんだ」
すっかり忘れていたが、春風ちゃんにカリカリポテトくんを買うって約束していたんだった。
「ごめん、俺、行くけど……本当にありがとう」
「い、いえ……お、お気をつけて……」
*
こいきが去った後、新入生はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
「あれが……こいき先輩……たしかに、少し抜けているけど、いい人そう……だけど……」
「ふふっ。素敵な人だったでしょう?」
ふいに新入生の後ろから、小柄な人影が近づいた。そして新入生の隣に立つ。
「でも言わなくて、本当に、良かったの? その、こいき先輩は……」
「いいんですよ。だから、
「うん。分かった」
新入生――真白が控えめに頷くと、もうひとつの人影が真白に手を伸ばす。
「じゃあ、私たちも行きましょうか。今日はどこで食べよう……教室?」
「き、教室は!」
「ふふっ。真白ちゃんは恥ずかしがり屋なんですから」
「い、いえ、恥ずかしがり屋というわけじゃ……ただ、人の目がちょっと、苦手で……」
「うんうん、分かってますって。それじゃあ、校庭にします? あそこなら、まだ人がいないと思いますよ。今日は風が強いですし」
そう言いながら、彼女は真白の手を引いて歩き出す。
「うん……小向ちゃんが、いいなら、私はそれでいいよ」
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