第11話 放課後3

「それでは約束通り、エスコート、よろしく頼みますわね」


 それが十分ほど前に春風はるかぜ 来夢らいむが俺に見せた、最後のよそ行きの顔だった

 春風ちゃんはニコニコと笑顔で俺の腕を掴み、校舎を後にした。春風ちゃんに引っ張られる形で下校したせいか、クラスメイト以外の生徒にもじろじろ見られてしまった。

 そして校内を出た瞬間、ずっと見せていたニコニコ笑顔がすっと消えて真顔になった。

「ふぅ……何とか、誤魔化せたようですわね」

 嫌なら断ればいいのに。

「嫌なら断ればいいのに、って思いました?」

「……思ってません」

 やっぱり、この子はエスパーなんだろうか。

 春風ちゃんは歩きながら、呆れたような顔で俺に説明し始めた。

「断り方にも色々あるでしょう? 先ほどは、みんな行く気でしたし、わたくしが参加することに疑いもしなかった。そんな中でわたくしが断ったら、発案者である十条じゅうじょうさんが恥をかきますわ。それに、他にも部活動など用事があって、参加できないけど、断りづらいって顔をした子がいましたし……」

 意外にちゃんと見ているんだな。

「誰かが断り、それに便乗する形で断れば……空気が悪くなるでしょう? 十条さんもいい気はしませんわ。ですが、わたくしに用事があると分かれば、一部の方は『わたくしが来ない』という理由で断る、という言い訳が作れるでしょう」

「あんた、案外、自分のこと好きだな」

「ふふっ。当然ですわ。わたくしは『春風コーポレーション』の令嬢ですもの。幼い頃から、多くの視線の中で生活すれば……自然と、そういうのに敏感になりますのよ」

「そう、なんだ……」

 この子も結構苦労しているんだな。

 俺の前だけちょっと意地悪になるのも、そういう理由があるせいなのかもしれない。

 ――でも、それなら、なんで俺なんだ?

 初等部の頃に同じクラスだったといっても、当の本人はそのことを忘れていた。校舎裏で助けてくれたといっても、会話をしたのは数えるほど。

 ――俺も、婚約者探しをしているから……?

 だが俺と彼女じゃ規模が違う。俺は親父がノリで決めた感じだけど、春風ちゃんは家柄を考えると将来に関わる。

「こいき君。わたくし、こいき君に話していないことがありまして……聞いてくれませんか?」

「え……話していないことって……」

「将来が約束された、大企業の令嬢であるわたくしが、何故婚約者を血眼になって探しているか、です。あなたも、気になってはいたのでしょう?」

 それは、まあそうだ。

 いくら親が勝手に決めた婚約者といっても、春風ちゃんレベルの家柄なら相手もそれに並ぶセレブなはずだ。やばい相手を選ぶわけが――


 ――いや、待てよ。


 たしか春風ちゃんの『婚約者リスト』に、やばい要素があった。


 ふいに昼休みの春風ちゃんの言葉が脳裏をよぎった。

 ――『チン〇ですわ』

 あったわ。思いっきり、やばい要素があったわ。

 いや、これは婚約者じゃなくて、そんなものをリストに載せた親父さんだけど。

「まあ、そういうわけで……今から、お話、しませんか?」

 微かに頬を染め、下から覗き込むように春風ちゃんは言った。

 あぁ、可愛い。

「そういうことなら……」

「じゃあ、早速ですが、どこかお店に入りましょう」

「店っていっても、俺の手持ちじゃ……」

 なんせ相手は国内でもトップクラスのセレブ一家のお嬢様だ。ファミレス以外のレストランに入ったことない俺が連れていけるわけが――

「え? 何か言いました?」

 春風ちゃんがスマートフォンを操作しながら振り返る。

 その画面の中には、国内でも有名なファーストフード店のアプリが表示されていた。

 いや、見間違いだ。

 一食5万くらい使いそうなお嬢様が、あの庶民のハンバーガーショップ、ラックのアプリを開くわけがない。ましてクーポン画面なんて――

「ちょうど今日から、フライドポテトのLサイズがMサイズと同じお値段になる日ですわね。あ、でも、てりやきバーガーのクーポンもありますわ。うぅ、迷いますわね。どうせならセットで食べたいですが、セットだとポテトのサイズはM……Lサイズと値段が一緒なら、ポテトはLサイズにしたいところですが……クーポンの併用はできない……」

 使いこなしている!

 「これなんですの?」「わたくし、こういうお店初めてで、一度行ってみたかったんです」みたいな金持ち道楽だとばかり思っていたが。

「は、春風ちゃん……」

「はい。なんでしょう?」

「その……ラックとか、よく行かれるんですの?」

 思わず俺までお嬢様言葉になってしまった。

「ええ、いつもはテイクアウトですが……ラック、いいですよね。10回行くと、ポテトSが無料になりますし……」

「そ、そうですね」



 

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